再生への旅

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zoom RSS お坊さんは職業か?!

<<   作成日時 : 2010/04/13 06:55   >>

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ひとひらの花の行方も知らざりき  玉宗


先日、大学に通っている息子から電話があった。改まって次のようなことを言い出した。

「自分がお寺を継ぐという事はどういうことなんだろうか?よく解らないんだ。」

「それは誰にとってということ?お父さんにとってかい?お前にとってかい?」

「ん〜 両方。僕がお坊さんになるという事は親子の縁が切れるという事でもあるんでしょ?」

「血の繋がりより、仏法の繋がりが大事な世界であることは勿論さ。でも、どんな職業でもそうだろうけど、その道の為に生きるという事は、親子であるとかないとかという枠組みを超えた人生の深さじゃないかな。
どの道を選ぶか、それはお前が決めることであってほしいというのがお父さんの今のスタンスだね。」

「まだ卒業まで二年あるけど、それからでも遅くないのかな?」

「ん〜 お坊さんの世界も知識だけで済まない、身につけるという事が大事な世界なんだよ。正直な処、早く帰ってきてほしい気持ちもあるけど・・・いづれにしても、「学ぶ」という前向きで、謙虚な姿勢を失くさないでほしいね。
鉄は早いうちに打て、というのも真理だけど、出家とか宗教とは何なのか、そして、何故お前ににとってそれが必要なのか、そこを見極めて欲しいんだな父さんは。
道に出会うのも又、「縁」ということから云えば、一概に早ければいいとか、遅ければいけない、ということは言えないね。」

「ふ〜ん。」


建前ばかりを言ってしまったかなと電話のあと悔やんだ。
彼はどうも「父」である私に、「仏弟子」という「求道者」としての個の一面と、「住職」という「職業」としての社会的存在者の側面の両方を見ているらしい。彼の悩みもその辺から湧き出てくる矛盾・葛藤なのであろう。

子供とは侮れないものだ。確かに親の後ろ姿を見て育ちつつある現在進行形の可能態である。


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真山居士のブログ  『サラリーマンは仏になれるか』の中で、職業欄に何と書くかというような面白い記事を取り上げていた。

そういえば、一般的な各種アンケート等の職種欄には「僧侶」という該当がない。私はいつも、その他の( )に「僧侶」と記入している。「自由業」という項目もあり、実は本心、「自由業」と書きたいところなのであるが、「業」という言葉に少し引っかかる所もあり躊躇しているのが正直なところである。

「仏弟子」は生き方であり、「僧侶」は職業である。というような識者の指摘があり、私もそれには異存がない。詭弁に聞こえる方もおられるのだろうが、宗教法人興禅寺代表役員として給料を戴き、申告し、所得税を納め、固定資産税などの公益性に対して免除はあるが、それなりに国民としての義務と権利を行使し履行することを許されている。

お坊さんと云う宗教者にもそのような社会人としての現実がある。「仏弟子」としての生きる姿勢・哲学と「僧侶」としての社会的対応は、謂わば二重構造、或いは螺旋を描いて私を存在者たらしめている。

勿体ぶった、持って回った言い方をしているが、要するに「宗教」をもって生きているというだけのことである。お寺の住職と云う社会的地位・役割は決して「仏弟子」に強要されるものではない。「仏弟子」として霞を食べて生きるか、「仏弟子」としてお寺の住職となるか、それは単に私の選択次第である。

仏弟子としてどう生きるか。宗教を持ってどう生きるか。僧侶としてどう生きるか。
その道にはその道の在り方、深さ、苦楽というものがある。やはり「学ぶ」という姿勢、「共にある」という謙虚さが必要なのであろうと思う。そこまで息子に言ってあげたかったのだが・・・・










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職業選択の不自由(その二)
きのうは本当に身体のだるさや頭痛がひどくて、坐禅どころではなく・・・ ...続きを見る
坐禅 悟り サラリーマンは仏になれるか
2010/04/13 12:00

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
市堀玉宗さん おはようございます。

いまのお坊さんの世界はいろいろな
生き方があるようですね。
私の菩提寺のお坊さんは、昔高校の
先生をしていて、辞めていまのお寺に
雇われています。
給料制のお坊さんです。
さっぱりしていて好きな人です。
陽だまり
2010/04/13 07:31
畠中恵さんの「しゃばけ」は面白い
たぶん娑婆っ気が語源であろう
妖怪連の活躍が痛快。

跡を継ぐといえば
私は獣医の跡を継げなかった
本当はなりたかったけど
父は無く母は病床で
ようやっとアルバイトで高校を出た
望んでも何かにはなれず
願わなくても
人はいずれ何かにはなるもの
子供に期待するのは止しましょう。(笑)

うぐいすの習わぬ経を唄い出す    よし



yoshiyoshi
2010/04/13 10:03
こんにちは。
やっと桜が咲き出しました。
でも寒くてお花見の気分には
まだまだです。
いらくさ
2010/04/13 10:05
とても共感できる内容の記事でした。
私も「僧侶」と「住職」の狭間で日々葛藤しております。
最近は、この葛藤を財産にしないとな......と考えられるようになりました(笑)
宗教法人代表役員という肩書が、成長の糧となる時もあれば足枷になるときもあるということで......悩み多き日々です(^^;
叢林@Net
2010/04/13 11:19
桜の花が花筏となりだしました、月日の流れは早いものですね、
私も三人の子供を授かり巣立ちました。
一般的に後を継ぐ物が有ると言う事は一つの贅沢な悩みかもしれませんね。
僧侶は一つの立派な職業と私は思っています。
纏まりの無い失礼なことを書きました。お許し下さいませ。
愛媛子
2010/04/13 12:24
こんばんは
 何よりの父と子の会話ですね。
湘次
2010/04/14 00:11
陽だまりさま。先生をされながらお寺を守っているというお方は多いでしょうね。御苦労さまです。合掌
よしさま。それはそうなんですが、息子と一緒に托鉢ができたらいいなあ、という思いを捨てきれない阿呆な父であります。(笑)合掌
いらくささま。全国的に変な春ですね。花冷えの日々が続いています。合掌。
叢林@netさま。やはり今も住職・教化・檀信徒という仏法僧の三宝が仏弟子の住処なのでしょうね。合掌
愛媛子さま。師匠や親の跡を継ぐことは恵まれていると言えますね。ただ、当人はその機縁が熟していないことが多いのかもしれませんが。育て方一つなのでしょうが。合掌
湘次さま。比較的会話のある父と子だと思っているのですが。人生の大事を話せる人間同士でありたいと思っています。合掌
市堀
2010/04/14 21:15

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