再生への旅

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zoom RSS 国家というタブー

<<   作成日時 : 2010/09/28 07:20   >>

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父といふ虚空に秋の雲広がる 玉宗

興禅寺の地面には四軒の家と市道、そして所謂赤道が隣接している。隣家とは借地関係を結んで現在に至っているが、無住時代もあり、境界線があやふやな状態で私に引き継がれていた。信じられないかもしれないが借地料も三十年以上変わっていない。因みに門前では現在でも借地料を年貢と言い慣わしている。大地主でもあった総持寺祖院の膝元であることを再認識させられる。

今回の能登半島地震に被災して伽藍の再建と併せて、思い切って境内の地積・境界を整備確定した。お寺側の大幅な譲歩で将来の寺院護持に支障を来さないようにしたかったのである。被災してゼロになり、命救われたことを思えば、境界問題など屁のようなものだった。幸い檀家総会の了承も得ることができ長年の懸案が一つ解決したところである。

向こう三軒両隣。遠くの親戚より近くの他人という言葉もあるが、隣同士の付き合いというものは中々に拗れると厄介である。日常的に繰り返されるそのいざこざや越権行為は精神的にも不健康でさえある。

尖閣諸島海域での中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事故が、隣国中国共産党と民主主義国日本との国家間の事件になっている。日本の言い分は日本国領土である尖閣諸島海域内での漁獲操業は違法であり、国内法に則って対処しようとしていた。それに対しての中国政府・国民の反応は知っての通りである。

国家間の問題と隣近所のそれを同一線上で論じるつもりは毛頭ない。それより私がいつも気になるのは「国家・社会・現実・理想」という概念の不可思議さ・危うさ、あやふやさ・いい加減さなのである。国家の問題、国家の誇り、国家の現実、国家の尊厳、国家の権力、国家の権威等々。正直なところ、その幻想なること、いつまでも収まらない胸やけのように疎ましく思っている。

「国家の真相」とはなんだろうか?
古来より人類は「個」以上に「国家」をタブー視する。遠くのものほど観念的になると言ったのは誰であったか。境界、結界、タブー、それは神のなせる業ではない。どこまでも個人の都合であろう。国家の問題、それは個人の都合の集積であり、それは「タブー」というあってなきが如くのベールに装われている。権威、威信というものも「仮のもの」に過ぎない。

事の真相は大衆呆けという欲の面の皮の様子ではないか。個に決着がつかない「大人」たちが「国家の正義」を主張してみたところで、それも又、更なる幻想や妄想や執着、つまり「瘡蓋のごときタブー」を生み出すようなものではなかろうか。自己を買被り、或いは蔑む安易で危険な道を歩む愚かさ。ものや事を真っ直ぐに見、応じることができない「私」という「タブー」。人類を滅亡させるのは「国家」ではなく、人類の持つ愚かさではなかろうか。

こういうことを事あげすれば「お坊さんは黙っておれ!」と言われるのが関の山であり、今更何をか況やではある。そのような御仁には「どうぞお好きなようにやってください」、と言うしかない。




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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
成金がここをせんどと威銃   よし
yoshiyoshi
2010/09/28 08:14
「お坊さんは黙っておれ」?
いやいや、聖職者の方々にこそ、灯台になっていただきたい。
まのじ
2010/09/28 11:53
こんにちは。
お隣同士で揉め事、大変気になってます。
日本では考えられない常識外の言い草ですね。
信じられない!!  そういえば日本でも最近、モンスターペアレンツという考えられない人種も居ますけど
なんだかこの世の中は常識と言う言葉が 死語となる日が来るんじゃないかと危惧してます。
ルフレママ
2010/09/28 15:12
海も島も土地も、人間が作ったものではなくて、帝国主義時代の「先取特権」が継続しているだけです。そもそも土地は使用はできても所有できるものではありません。土地争いは、国家主権全盛期の一時的な現象に過ぎなかった。近未来の歴史には、そのように書かれるでしょう。
志村建世
2010/09/28 15:14
みなさん、コメントありがとうございます。

 よしさま。
一句ありがとうございます。
「奥能登のそのまた奥の捨て案山子 玉宗」

 まにじさま。
自灯明・法灯明。国家を照らす灯台とまではとてもいきませんが、自己の歩みを照らし続けていきたいものです。

 ルフレママさま。
恐らく中国と日本では常識が違うんじゃないでしょうか。大事なことは主張し合うことではなく、譲り合う精神がどこまであるかという単純な人間性の問題でしょうか。

 志村建世さま。
<そもそも土地は使用はできても所有できるものではありません。>
なるほど、そうですね。その視点は人類共存にとってノーベル賞に値するものです。
人類はいつまで大きな顔をして地球上にのさばることが出来るのでしょうか?
暗澹たる思いが時々湧いてきます。

合掌
市堀
2010/09/29 17:59

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