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zoom RSS 裁判員制度・人を裁くとはどういうことか? その1

<<   作成日時 : 2010/11/03 05:14   >>

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躓きしものに影あり雁渡る 玉宗


賛否両論がある中で裁判員裁判制度が施行された。人を裁くことの難しさをクリアーしなければならないことは予想されたことではあっただろう。

私は個でありつつ社会的一単位としてこの世に存在している。家族、会社、国家、などの共同体の中で一定の立場を与えられているが、それは本質的に仮のものであり、権利と義務を付与された約束の世界でもあろう。そのような現実の世界に被害者、加害者いづれにしても「裁く者」と「裁かれる者」という構図がそこにはある。宗教者と雖もそれは否定できない。

私自身が、或いは家族が被害者になり、或いは加害者になったら、私はどうするだろうか?「犯罪」というもの、それは被害者も加害者も、そして第三者も認める動かし難い事実であるのかないのか。償うとはどういうことなのか。人が人を裁くとはどういうことなのか、仏弟子という生き方を選択した人間として考えてみたい。先ずは私にとって罪を犯すとはどういうことなのかを再確認したい。


日本曹洞宗で用いる菩薩戒には三帰戒・三聚浄戒・十重禁戒を合計して十六条戒と呼ばれるものがある。

三帰戒とは仏・法・僧の三宝に帰依すること。

三聚浄戒とは摂律儀戒・摂善法戒・摂衆生戒の3つのこと。
1.摂律儀戒とは、一切の悪事や不善をなさないこと。2.摂善法戒とは、一切の福善を行うこと。3.摂衆生戒とは、一切の衆生を摂受して救済利益すること。

十重禁戒
とは以下の十戒である。

第一不殺生戒 殺してはならない。
第二不偸盗戒 盗んではならない。
第三不貪(邪)婬戒 淫らなことをしてはならない。
第四不妄語戒 まどわすことを言ってはならない。
第五不酤酒戒 酒を売り買いしてはならない。
第六不説過戒 他人の間違いや欠点をあげつらってはならない。
第七不自讃毀他戒 自らをほめ、他をそしってはならない。
第八不慳法財戒 物心両面にわたり、他に施すことを惜しんではならない。
第九不瞋恚戒 怒りを抱き、自分を失ってはならない。
第十不謗三宝戒 仏法僧の三宝を謗り、不信の念を発してはならない。

本来、菩薩戒とは三聚浄戒や、『梵網経』に説かれる十重禁戒・四十八軽戒などが挙げられる。日本曹洞宗では日本天台宗の『授菩薩戒儀』などの影響を受けてか、十六条戒で良いとする。しかし、道元禅師はこれこそがインドの釈尊以来代々の仏祖が受け嗣いできたものとしている。

   <つらつら日暮らしWiki〈曹洞宗関連用語集〉より参照>


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宗教とは倫理・道徳・思想・正義の範疇とは趣を異にしている領域である。どこまでも私が私の命の深さに訪ね入り、命そのものであろうとするものだ。戒とはそのような生き方を導くための仏のいましめを守ろうとする自発的、自律的な抑止力にして調律力の事である。

戒とは天地と我と同根であると抑止し、同調することであろうと思っている。殺生してはならないと外から縛られるのではなく、殺生する根拠がないのである。私するものなどないのだということ。全てが公にして等である命の深さ。殺生とは私するもののない世界を私しようとする転倒の所業である。貪りの為す所の業であり、犯罪はそういう意味で社会的規範を破るだけではなく、宗教的自覚を無にするという二重の過ちを犯していることになる。

私にとって破戒とはそのような自己否定そのものであり、外からの否定を待つことを潔しとするものではない。人に知られようが知られまいが、見ていようが見ていまいが、今、ここで人を殺したならば殺生したのであり、物を盗んだのならば盗んだ事実があるのであり、人を嫉み計ったのならばそのような愚昧な所業を為したのであり、隠すことも誤魔化すことも出来ない世界に立たされているのである。宗教的自覚に生きるとはそういうことだろう。

逆に戒を保つとは、宗教的な、つまり命の本源に添う根本的な社会性を備えているということでなければならない。これほどの犯罪の抑止力はないのではないか。究極の自己責任である。私は人を殺さないし、誰も私を殺すことはできない。持戒とはそのような拘りのない、差し障りのない、なんともない大きな世界へ誘うものであろうと思っている。

そのような私が人を裁くとはどういうことか、どういうことでなければならないか。(続く)





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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
一罪を犯して後に冬に入る    よし
yoshiyoshi
2010/11/03 06:21
おはようございます
 人を殺めるということは大罪ですね。裁判では罪の結果だけでなく背景や経緯も考慮しますが。
湘次
2010/11/04 07:38
 よしさま。湘次さま。一句、コメントありがとうございます。
命を殺めるには想像を超える負のエネルギーがいるものでしょう。個に於いても、戦争に於いても、それは正気では出来ないことだと思います。
合掌
市堀
2010/11/05 09:15

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