再生への旅

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zoom RSS お寺の年用意作務

<<   作成日時 : 2010/12/28 05:40   >>

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頬被りして住職のひと仕事 玉宗

師走とはお坊さんが走ることからきているという説もあるらしいが、今年はそれもありかなと実感している。
御多聞にもれず、お寺も年始年末の準備が色々ある。本堂庫裏の大掃除・煤払い・窓拭き、本堂の荘厳、位牌堂の整理、歳神様・立春大吉鎮防火燭札の作成、年賀客の受付準備、年頭配りの札作り、掲示板の書き換え、門松作り、鏡餅の手配、等々。
今月は葬式が連続してあり、例年にない慌ただしい年の瀬となっている。ここが踏ん張りどころである。平常心で乗り切らねばならない。幸い、冬休みで帰省している息子が素直に作務を手伝ってくれる。

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今日は彼に年頭に檀信徒に配る般若札に三寶印を捺してもらった。息子は左利きである。見ていると、どうも危なっかしい。試しに私が捺してみる。

「印は、こうして、真ん中に来るように・・・あああ」

思いに反して右側にずれてしまった。

「お父さん、根性曲っている?」

「・・・いや、加齢の所為じゃないかな。最近視力がどうもね」


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「お父さん、三寶って何のことだっけ?」

「えっ!お寺の息子が三寶を知らんのかい。「仏・法・僧」の三つの宝ことでしょうが。」

「ああ、そうだったね。聖徳太子が国の宝だとかなんとか云っていたやつね。」

「やつね、はないだろう。」

「今時、だれも国の宝だとは思っていないんだろうね。すくなくとも若者は、何、それって感じじゃないの?伽藍は国宝かもしれないけれど・・・」

「国の宝に指定されなくても、自分にとって人生の宝でいいじゃないか。」

「ああ、そう言うだろうと思ったよ。」

父親をからかっているのか、試しているのか。まあ、どっちでもいいが、お坊さんの存在が社会的に必要と認知されていないんじゃないか?という息子の臭覚は若者特有の鋭いものがあるだろう。「宝もの」を大事にするように生きているかいないか。父でありお坊さんである私の生き様が息子に問われている。




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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
呑んで寝て起きて仕事のお正月    よし

つまり何の変化もないのでござる、ああ。
yoshiyoshi
2010/12/28 06:29
> 管理人様

ようやく、明日には師寮寺に帰れそうです。30日、1日がかりで、正月準備です。拙寺の方では、未だに「新年」を「立春」と見立てますので、「立春大吉」札も大量製造しなくてはなりません・・・
tenjin95
2010/12/28 06:50
息子さん、ご夫人に似ていらっしゃいません?(あ、以前そう仰ってましたっけ)お父様のことを熟知していらっしゃって(当然)ちょっとからかってみるとか・・・。
お忙しい中失礼しました。
花てぼ
2010/12/28 15:43
 よしさま。
一句ありがとうございます。
「世の隅に憚り生きておでん酒 玉宗」

 tenjin95さま。
一度でいいので寝正月をしてみたいものです。(笑)
僧形が恨めしい、などと罰あたりな私でございます。
年末年始の参詣者のために身を粉にして立ち働く幸いを実感してもおります。拙寺でも「立春大吉」「鎮防火燭」「歳神」を檀家に配っています。

 花てぼさま。
仰る通りです。幸いなことに(?)、息子は夫人の遺伝子を多く受け継いでいるようでございます。まあ、先のことは解りませんが、私よりは、バランス感覚は良いようです。
市堀
2010/12/29 12:01

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