再生への旅

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<<   作成日時 : 2011/03/17 05:38   >>

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花菜活け今日の信心明るくす 玉宗


地震大国でもある島国日本。未曾有の震災に遭い、その復興再生が国内外から注目されている。
昨日は、天皇陛下のお言葉が放映されていた。いつものように一つ一つの言葉を丁寧に、紡ぐように淡々と述べられていた。
「天皇制」という国家の形が神話なのかそうでないのか、最善なのかそうでないのか、意義があるのかないのか、象徴である皇族が国民の血税によって支えられていることを無駄使いとみるか、国家を維持する必要経費とみるか。様々な見解があるのだろう。或いは無関心という立場があるのかもしれない。

私は国粋主義者でも右翼でも左翼でもない、ご覧の通りの、その日暮らしのお坊さんに過ぎない人間であるが、天皇陛下の言葉を聴いていて眼がしらが熱くなることがある。それは今回のような、大災害に遭った国民に対して皇族の果たす役割にいやがうえにも思いが到るからである。食うに困らない生活をしている者の見舞いの言葉を受け入れ難いという人もいるだろうが、皇族が「象徴的存在」であるとは喜劇的にして悲劇的存在であるということではないか。それは又、人間的存在でもあるということだ。

誤解されるのを覚悟の上で言うのだが、歴史的変遷はあったものの、今現在天皇制とは、国家体制を維持する上での、ある種の無駄、遊び、潤滑油のような機構としてあるのではなかろうか。国家の危機の表れとして、そのような機構が失われようとしている。お見舞いを語られる天皇陛下には、その哀れさ、というようなものが漂っている。生きてゆく余裕が無くなろうとしている様なやりきれなさ。

無駄を許さない実利一点張りの国家とは窮屈な、つまらない国家にも見える。そこには、人間は食うために生きているのか、生きるために食うのか、遊ぶために食うのか、等といったホモサピエンスの本質が横たわっているのかもしれない。。例えば、今回のような国難に遭ったとき、国民のこころを損得や理屈だけで纏め勇気づけることができるものだろうか。人間天皇が語る言葉だからこそ復興再生への慰撫となり勇気づけが出来ることもあろう。

人間とは何か?それは天皇自身も繰り返してきた実存的問題であったに違いない。だからこそ、日本人の情緒、心情の象徴として、天皇の語る言葉は最大公約数的国民のこころを代表しているのかもしれないと思うことがある。それ以上でもそれ以下でもなかろう。だからこそ人のこころを打つのだろう。それはそのまま、日本という国のかたちを支えているこころの典型ではなかっただろうか。私はそう思っている。







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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます
 こころの絆が力を合わせることにつながりますね。
湘次
2011/03/17 07:53
私も天皇陛下のお言葉にはジーンとしました。天皇、皇后両陛下の「まなざし」「おもいやり」にはいつも癒されたり励まされたりしています。
花てぼ
2011/03/17 21:42
 湘次さま。
和を以って尊しと為す。大和魂の一面ではないでしょうか。

 花てぼさま。
私のような者の窺い知れない存在なのですが、解ったようなことを書いてしまいました。
冷汗三斗です。
お見逃しを。
合掌
市堀
2011/03/18 19:16

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