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zoom RSS お寺に相応しい結婚?仏教に於けるジェンダー

<<   作成日時 : 2011/03/03 05:16   >>

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口きかぬ妻怖ろしや雛の夜 玉宗

宗門には全国曹洞宗青年会というものがあり、季刊で「SOUSEI・そうせい」という冊子が送られてくる。その2011年2月bP52号の中にシリーズで「お坊さん結婚心得」という1頁があった。4回目となる今回は「お寺にふさわしい結婚!?」と題した記事が載せられていた。その中で、宗門でのジェンダーについて積極的に発言しているという名古屋工業学大学院準教授・川𣘺範子先生(『女性と仏教 東海・関東ネットワーク』会員)の語っていることに注目した。

「お寺にふさわしい結婚相手って、どんな人でしょう?」という設問に対して、氏は次のように答えている。転載させていただく。

「お寺にふさわしいなんて問題のある概念の是非はともかく(苦笑)、結局は伴侶に”体のいいメイド役”を求めている限り、世間の人からはあきられるだけだと思いますよ。私の夫も同じ感想でしたね。」

「でも私は、青年僧侶がそのように考えるのは仕方ない、とも思っています。だってそれは、上の世代の価値基準を、無自覚に再生産しているわけですから。わたしの近くにも、寺族は住職を陰でお世話するのが役目、とか公言する僧侶がいます。私は、青年僧侶には”自立力”を求めたい。伴侶の協力がなくても寺務が円滑にいくのが本来でしょうし、そもそも曹洞宗は”僧侶が自活する”という宗風でしょう?僧侶の結婚を絶対視し、かつ家父長制的な”家庭仏教・世襲仏教”を規範とするあり方は、宗門のマイノリティを排除することにつながると思いますよ。結婚しなくても、子供を作らなくても、それはそれで僧侶として尊重される生き様ではないでしょうか?」

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私には大乗仏教でのジェンダーを詳らかにできない。正直、深く考えたことがなかったと言っていい。道元禅師が高野山の女人結界を笑ったという快事を金科玉条にしているくらいである。愚晦に男と女もないように、成仏に男も女もないだろうと思っている。男僧が勝れている訳でもなく、女僧が劣っていると決まっているとはとても思えない。その反対も又同様である。寺族というお寺の家族においてもそれは当てはまるのではなかろうかと私などは単純に受け取っていたのだが。

寺族は寺族得度をし、出家に準じているという立場である。住職の同志として三宝を護持してゆくというものだ。
とはいいながら、お坊さんである私の夫人との結婚生活の日常は、ブログをご覧頂いている方々には大凡見当がついているであろう。私自身、夫人をメイド役とは捉えていないが、実際のところ身の回りの世話から、家事、そしてお寺の行事の補佐まで、夫人の力を借りて、支えられてこなしている。自営業的な家庭と似ているのではなかろうか。

お寺の中には、妻が外で仕事に就いておられるところもある。私が婿に入った折、夫人は保健所で働いていたが、私の判断で辞めさせた経緯がある。男は仕事、女は家庭を守りバックアップするものだという意識があったし、今も少なからず拘っている。そこには夫人を外で働かせたくないという臆病な自尊心がある。

それだけではなく、お寺というところは住職一人ではなにかと支障を来すものだという現実がある。しかし、その現実というやつも、後からのコジツケである可能性が高い。一人には一人のお寺の護持の仕方が生れてくるだろう。どうして家族を持ってお寺を守って行かなければならないのか?その必然性は世襲の正当性という理屈だけでは如何ともしがたいものが漂っている。

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血族ではなく、師匠と弟子という法の繋がりで三宝を護持してきたお寺の歴史があった。禅寺には住職である和尚のもとに何人かの小僧さんがいて共同生活をしていた。お坊さんは結婚しないというのが宗門的にも世間的にも常識であった時代の話である。それが肉食妻帯をするようになって、誰も怪しまない世の中、宗教界になっているということ。

お寺に相応しい結婚相手は?などという設問が奇異に聞こえなくなっているのは宗門内だけのことではないのか?寺族の在り方、意義、地位というものを再構築しなければならない時代になっていることは間違いない。その点に関しては宗門内から既に心ある寺族の発信が出され始めている。時代の要請であろうし、遅きに失している感もないではない。
川𣘺範子先生の指摘は「宗門のマイノリティーを排除するかもしれない」という問題の指摘であるとともに、「宗門のアイデンティティーを排除してしまうのではないか」という惧れもあることを再確認させた指摘でもあった。





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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
笑うに笑えない今日のタイトル
そもそも相応しいの定義が混沌として
摑み所がありません、(笑)
ジェンダーとアジェンダって親戚かなぁと
思う程度の頭でして、どもなりまっしぇん
何かと云うと性差別と受け取られては
ものを語るも恐ろしい

種床の今日の寒さを憂うべし   よし

yoshiyoshi
2011/03/03 05:32
ひな祭りですね
女性学は皮肉・・・・・
結婚しないひとを
増やしただけ?かも。
いらくさ
2011/03/03 14:06
こんばんは
 口きかぬ妻怖ろしや雛の夜 玉宗
 昔から女性は怖い存在でしたね。
湘次
2011/03/04 00:05
yoshiyoshiさま。
相応しいの定義・・していませんでしたね。住職というより仏様に都合のいいお方、ということでしょうか。私の場合はご覧の通りです。(笑)

 いらくささま。
女性学というのがあるのですか・・・
結婚する人がすくなくなって、男性は中性化して、、、、日本はどうなるんでしょうかね。

 湘次さま。
怖くも有難くもある存在です。
南無・南無。
合掌

市堀
2011/03/04 09:52

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