再生への旅

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zoom RSS 日本漂流・領土とはなにか?

<<   作成日時 : 2011/03/04 04:37   >>

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手を櫂のかたちに春の水掬ふ  玉宗

韓国の歴史ドラマ『朱蒙』がテレビ放映されている。以前から何度もインターネット配信されており、私もお経の勉強もせずに暇を見つけては何度か見ている。高句麗建国の英雄譚であるが、古朝鮮の再建を夢見る主人公の周りに織り成す運命に惹き付けられる。古朝鮮とは今の朝鮮半島は勿論、遼東半島、東中国をも含む広大な領地であったということになっている。それを奪還し、古朝鮮の夢をもう一度という物語なのである。

実は、今日の本題は『朱蒙』のことではなく、人間の「領土」への執着、或いは「領土感覚」というもののことである。その神話から始まる抜きがたい「思い込み」は古朝鮮民族だけではなく、今現在の地球上の国家国民の大多数が抱いている幻想ではないかという思いを語りたいのである。

昨年来、尖閣諸島、竹島、北方四島など、東アジア諸国との間に突き刺さる「領土問題」が顕在化し、尖鋭化している。否、「領土問題」など存在しないと主張する政治家がいることは知っているが、そんなことを言う政治家に「領土とは何か?」ということを問うてみたい。

国土には領有権、所有権が存在するというのは常識で、誰も疑わないもののようだし、反目しあう国同志がお互いに自国の領有・所有を主張している場合は、戦争か略奪か談合かで線引きを繰り返してきた歴史がある。昨今の騒ぎや各国の物言いは、21世紀の現代でもその線引きが確定していないことを教えている。

「権利とは仮のものである」という定義がある。領有権も所有権も「仮のもの」であるところの「力関係」であり、その力の均衡が崩れたり保たれたりしているのだろう。そのような事の本質を人間は何千年にも渡って繰り返してきたのだろうし、飽かずに今後も続けていこうとしているのだろうか?

「国民の生活」「国益」を守るためには紛争も已むを得ないという立場がある。
『朱蒙』にも譲ることのできない「国の威信」という言葉がでてくる。日本の歴史に於いてもやはりこの言葉は何度も繰り返されてきたのではなかろうか。太平洋戦争でもそうであったのだろうし、敗戦を受け入れたということは「国家の威信」を投げ捨てたということであっただろうか?日本の漂流はあの時から始まったのかもしれない。然し、「国家の威信」とは何だろうか?


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国土には本来「使用権」というものしかない、という指摘がある。それは地球や自然から与えられた仮の権利であるというもの。地主は自然の造物主であり、隣近所に言いがかりをつける筋合のものではないということらしい。
そうであるならば、使用権の境界が自国に不都合だというのならば、まず自然へ申し立てをすればいいということになる。然る後に隣同士で使用上の譲り合い、助け合いをする。

このようなことは荒唐無稽な理想論であると一笑に付されるものであることは知っている。「現実」は様々な神々や自然観を持ちだして「国家」は主張を已めず紛争を繰り返してゆくのだろう。現在地球上に存在する国家が抱え生み出す問題は、「グローバリズム」が一朝一夕で実現できない理想論であることを証明している。21世紀になっても「国家観」は膨張と収縮を已めてはいない。

「国家」とは「私の集積」であり、「国家の威信」とは「私の威信の集積」である。そしてそれはともに幻想ではないか。幻想に踊らされて紛争を繰り返す勇気は私にはない。弱虫で無責任な非国民のお坊さんとして、戦争になったら有無を言わさず殺されてゆく存在であろうと思う。

いづれにしても今の日本政府は国民をどこへ連れて行こうとしているのか、私のような生半可なお坊さんにも気になって仕様がない。植民地でもなければ独立国でもない、日本の独自性があるようでないようで、毎年のように代わる日本政府の代表、
主体性のない、どっちへどう転んでも構わない、拘らない、いい加減さ、曖昧さ、陰影さ、浮遊感、おおらかさ、人の良さ、ことなかれ主義、その場しのぎ、これこそが日本の独自性ではないのか、などという自虐めいた国家観さえ湧いてくる。領土問題も精神文化を抜きにしては考えられず、解決の糸口さえ見つけられないということだろうか。止まることを知らない「日本漂流」。


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「浅春雑詠10句」

うすらひの裏の暗がり浅き夢

抛りたる賽銭の音冴返る

この風の沖はアリラン雁供養

木の芽ほつほつつれない空を窺へり

てのひらにのせて見せ合ふ桜貝

母と子の二人だけなる雛祭

北窓を開けばそこに裏の山

哲学の覚束なさや下萌ゆる

恋猫の覗いて行きぬ潦

憚れる雛の琴線ありにけり





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
宿借の引っ越す先はしれたもの    よし
yoshiyoshi
2011/03/04 05:15
 yoshiyoshiさま。
一句ありがとうございます。
そういうことですね。
ヤドカリのように潔くいかない人間が恨めしいです。
合掌
市堀
2011/03/05 18:19

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