再生への旅

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zoom RSS 被災地からの詩・あらたな神話へ

<<   作成日時 : 2011/04/10 04:16   >>

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わだつみへ浜昼顔の回向なる 玉宗


ここに一つの被災者の声がある。詩人でもある被災者は言葉を紡ぐことを以って再生の道を歩んでいる。作品は「海」と題された連作である。そのうちの一遍をご紹介させていただく。詩、それは鎮魂でもあり、慟哭でもあり、呪詛でもあり、諦念でもあり、愛であり、夢であり、そして新たな神話でもある。


「 海〜b〜 」 いらくさ  (てらやまメールよりhttp://terayamahe.seesaa.net/)

本物の
海に出会う前
地球儀に出会った

それも
地球儀キットで
自分で作ったから
北半球に皺があった

だから私は
太陽が海から出て
海に沈んで

そのたび海が真っ赤になって
海はどんなに
あっついだろうと
心配したりしなかった

だけど
浜の子はどうだろう
四歳の小さな子供の瞳に
そこは聖地だ

いつか
確かめたい
海と太陽の
くっついているところ

だから
舟に乗って
海にいくのだと

浜の子が
消えたのだ

泥の中で
瞳を開けて
横たわって
いるのだ

まだ海を
球形に出来なかった

鯨色に
光る
瞳なのだ



東日本大地震から一カ月。未だ大きな余震が続いており、現地の被災者には身も心も休まらぬ日々であろう。地震、津波、放射能被害と二重三重と襲い掛かってきた災害の荒波。
今現在も、亡くなった者への鎮魂に涙し、生きてゆく希望と絶望の狭間で揺れ動きながらも立ち直ろうとしているであろう被災者がいる。

人間の再生、それは心の再生であり、言葉の再生であり、ものの再生であり、それらはいづれも分かち難い人間の条件である。生きて行く力を生む支点であり、光りを注ぐ光源でもあろう。人間の再生、それは自己の命との関わり合いの再構築であり、自然や神との関わり合いの再生であり、あらたな歴史の始まりでもあろう。詩人はどこまで言霊、魂にアプローチ出来るだろうか?






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
いわきには妹が嫁いでいます。
金比羅様の宮司も
水産高校の校長先生も
皆親戚になって!
おまけに魚までいただけて!
気難しい祖父がことのほか喜んで
せっせと魚を食べていたものでした。

さて昨日はいわきで開花宣言
私もこの近くに勝手に
私の基準木に定めている
桜がありますから
時々行って観察することにします。

海の詩が続きますが
いわきの桜が海に
流れて行くのかどうかは知りません。
花筏は川でしか見たことがないので
海に浮かぶ桜、確かめたいような
思い込んでいたいような・・・・・

今朝もまた大切なページを
気前良く裂いてくださいまして
ありがとうございました。
私のブログより見栄えが良く
読みやすくて私自分で読んで
涙ぐんでしまったことです(笑)
いらくさ
2011/04/10 04:57
 いらくささま。
被災者が復興へ向けて涙ぐましい努力を続けていると想像しております。
能登の地にいて祈ることしかできない自分です。
合掌
市堀
2011/04/11 07:44

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