再生への旅

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zoom RSS 新創世記・生存の可能性・人間はどこまで共感し合えるのか?!

<<   作成日時 : 2011/04/18 05:06   >>

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哀しき世におろおろ青き踏むばかり 玉宗

今、話題の白熱授業で有名なサンデル教授。先日NHK総合テレビで”マイケル・サンデル 究極の選択「大震災特別講義〜私たちはどう生きるべきか〜」 ”という番組が放送されていた。

3月11日の東日本大震災という未曾有の災難に見舞われた日本人。その苦しみの中で、多くの人々が、途方に暮れながらも手を携え、耐え、未来へ踏み出そうとしている。大震災の様子は、瞬く間に世界各地に報道され、世界の人々は、災害のすさまじさに驚くとともに、過酷な状況でも、冷静に協力し合う日本人の姿に感動し、称賛のエールを送りった。
サンデル教授もまたそのお一人のようで、災害時に見られた日本人の礼節と冷静さに注目し、議論の糸口として番組が展開していった。命を掛けて災害現場に入り復旧に力を尽くす人達の無私な姿。原子力との共存の賛否。被災国日本への世界の反応と新展開の可能性など、議論に参加したメンバーとともに、今私たちはどのような生き方を求められているのかといった地平へ、眼差しは自然と向かってゆく。

私の個人的な感想を正直に言えば「人間はどこまで共感・共鳴し合えるだろうか?」という期待と疑問の綯交ぜのようなものであった。現実はいつも人を裏切り、そして期待に応えてくれたから。

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以下は、サンデル教授が番組内で行われた議論を総括した言葉である。

「今回の危機から人間は何を学ぶべきなのか語り合った。価値観や倫理、私たちはどう生きるべきかについてだ。思い出して欲しい。私たちは震災の時の日本の人々の素晴らしい対応からまず議論を始めた。
彼らは非常時でも礼節を重んじ、冷静で自己犠牲の精神にあふれ行動した。その姿に驚き、そして誇りに思ったという意見が聞かれた。

そこから私たちは、コミュニティーの意識について考えを深めることができた。日本に向けて世界中の国々から差し伸べられた支援の手、そうした中には過去の日本との間に緊張関係にあった国も含まれていた。

経済的に非常に貧しい国からの支援もあった。これは何を示しているのだろうか。

もしかすると今回の危機に対するグローバルな反応や支援の広がりは、コミュニティーの意味やその境界線が変わりつつある、広がりつつあることを示しているのではないだろうか。
これは兆しではないだろうか、より拡大したコミュニティー意識、そこに向けた始まりなのかも知れない。

家族や地域とのつながり、我々を束ねているより小さなコミュニティー独自のアイデンティティーというものがある。これは私たちが共に生き、お互いを思いやる上で、重要な要素であることは指摘してくれた通りだ。

しかし今回多くの人々が感じてくれたことがあった。それは上海でも東京でもボストンでも意見が上がったが、最後にソアラが表現してくれた。つまり地球の反対側にいたとしても日本の人々の冷静で勇敢な対応には強い共感を覚えることができたということ。

日本の人々の痛み、苦しみを私たちは分かち合うことができる。それだけではなく日本人が見せてくれた、素晴らしい人間性や功績をまるで自分のことのように誇りに思うということができるということだ。

議論の中では不一致もあった。しかし今回の災害をどう受け止めたのか、どんな意味を持つのか、それを理解しようと力を尽くしてきた。

私の願いは、国境を越えて交した今日の議論が、たとえささやかでも日本のみなさんへの励みとなることです。

日本の人々が行動で表した美徳や精神が、人間にとってそして世界にとって大きな意味を持ったということ、それが再生、復活、希望に繋がるプロセスの一助となればと思います。
今後日本の皆さん、そして善意を持って支援をしようとする世界中の人々がこの議論の中に何かを見いだしてくれればと願います。」
  (黒太字はブログ『思考の部屋http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon』から引用させていただいた・市堀)

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世界各国の情報が瞬時に見聞できる時代になって久しい。災害に遭った人達への同情、共感というものが狭い地域社会だけではなく、遠く離れた世界の状況に対しても湧くことを私たちは知っている。世界の各地で起こる悲惨な災害現場の映像を見て、胸を痛め、涙するのは私だけではあるまい。共感・共鳴の源泉、あるいは共感を誘発するものは「情報」そのものであるということだろうか。その一方で批判・反感・反動・嫌悪の源泉、或いはそれらを誘発するのもまた同じく「情報」という磁力の働きであるのかもしれないと強く思うことである。

共感・共鳴それは理屈の世界からやってくるものではないようにみえる。情感・情緒もまたいうまでもなく人の命の領域であろう。それは主義・主張・正義・理想・損得・兼合い、駆け引きなどとは違った命の叫び・声なき声ではなかろうか。それは人種や国家の垣根を超えているものと思いたい。世の中にはそれらに聞く耳を持たないものがいたり、情という水ものを入れる器を持たないもの、共鳴する音叉をもたいないようなものもいる。哀しいが、清濁併せ呑む、それもまた現実である。

いづれにしても、情報力によって世界は狭くなり、ある意味、隣近所より身近になっているともいえるかもしれない。それは危ういものであるが、人類がこれまで培ってきた社会維持とはまた違ったかたちを創造する時期に来ているのかもしれない。今回の、未曾有の大災害を機に、あらたな国家の在り方、枠組み、グローバリズムを模索しなければという声が挙がっている。人類の生存の可能性はどこまで、どのようなかたちで残されているのだろうか?それはまた、未来の子供たちへ現代人はどのような遺産を伝える可能性があるのだろうか、ということでもある。

そして、どのように生きるかを問う宗教も又、その例外ではない。

新創世記がそこまできているような気がする。







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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
海際にひとり置かれて花送る    よし
yoshiyoshi
2011/04/18 05:19
おはようございます
 日本は世界の中で治安が良い国でしたね。
 美徳や道徳のおかげだったのでしょう。
 これからも守っていきたいですね。
 
湘次
2011/04/18 07:11
こんにちは
原発から駅までが49キロ余り
マンションまでは50キロだそうです。
今はまだわが郡山市は被災者を受け入れて
居る側ですが・・・・・

マンションの住人の中には
関西や九州などへ行ってしまった人が居ます。
なぜか高齢の女性ばかりで
理由はお嫁に行った娘さん。

遠いところに住んでいて
呼び寄せるのですね
空港が再開したら行ってしまいました。

これからお花見散歩しながら
水を買ってきます。
水仙の写真自然な感じでいいですね。
また載せてください。
いらくさ
2011/04/18 11:07
 よしさま。
「海に出て花屑還るわだつみよ 玉宗」

 湘次さま。
良くも悪しくも日本人らしさというのがあるのでしょうね。それもまた大津波を起こした風土と切り離せないものなのかもしれません。

 いらくささま。
そうですか。心配ですね。
避難区域にならないよう祈っております。
原発が一日も早く終息しますように。
合掌
市堀
2011/04/19 11:52

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