再生への旅

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zoom RSS ローマ法王に震災を尋ねた少女

<<   作成日時 : 2011/05/20 03:46   >>

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太陽がときどき怖い烏の子 玉宗


東日本大震災の惨状に心傷めた日本の少女が、バチカンのローマ法王に日本語のビデオレターで尋ねた。

「どうして日本の子どもは怖くて悲しい思いをしなければならないの?」

これに対し、法王は以下のように答えたという。

「私も自問しており、答えはないかもしれない。(十字架にかけられた)キリストも無実の苦しみを味わっており、神は常にあなたのそばにいる」
「悲しさは消えない。しかし、世界中の人たちがあなたたちのことを思っており、私は苦しむ日本のすべての子どもたちのために祈る」

少女にとって神様はいつも人間の良き理解者であり、善意の象徴である筈だった。それがどうしてこんな惨い現実をお与えになるのかと。少女も又、命の儚さをこうした現実から知ってゆくのだろう。いのちの不思議さ、尊厳さに気づき、畏れ、忘れ、遊び、そして喜べるような人間になってほしいものである。

大人になること、それは生ある者が必ず滅する理から逃れられない存在であることを肝に銘じる旅路のように見えてくる。揺り籠から墓場までの人生。それが神であれ、人間であれ、仏であれ、孤独な私の人生に依りそうもの、或いは私とともにあるものがあるものは幸いである。
子供たちの未来のためにも人生の再生を繰り返す人間の逞しさを教えてあげなければならない。大人にはそんな義務もあろうかと思う。







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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます
 自然こそが神なのかもしれませんね。
湘次
2011/05/20 08:33
 湘次さま。
キリスト教の「神」の定義は存じませんが、日本の神が八百万の神として自然崇拝と切っても切れない象徴性の次元のものなのでしょうね。
まあ、これもいい加減なものですが・・・
お見逃しください。
合掌
市堀
2011/05/22 21:10
ベネディクト教皇には失望しました。
少なくとも、ヨブの例えでも出して、神は苦しみの存在を許されるときもある、とでも言うべきだった。「全世界は邪悪なものの配下にある」(ヨハネ第一5章19節)という聖句を知らなかったのだろうか。邪悪なものがサタンをさしていると気づかないのだろうか。

カトリックの連中は伝統に縛られて本当に聖書を読まないから驚きです。
Stan
2011/07/20 11:53
 Stanさま。
コメントありがとうございます。
キリスト教の教義には無知な私です。
周りの大人たちの忖度はいろいろあるのでしょうが、ローマ法王の答えが少女にどのように受け取られたかが興味あるところです。それだけの思い出記事にしました。お見逃しください。
合掌

市堀
2011/07/20 20:16

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