再生への旅

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zoom RSS 東日本大震災にあたって俳人はどうあるべきか?

<<   作成日時 : 2011/06/04 04:06   >>

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てらてらと椿若葉は日に濡れて 玉宗


「栴檀」6月号の辻恵美子主宰巻頭言「樹下随感」は以下のようなものであった。

東日本大震災に思う 辻 恵美子

2011年3月11日、午後二時四十六分。この刻を日本は、そして世界も決してわすれることはないであろう。マグニチュード9の国内最大の地震、その後の十五メートルにも達する津波で東日本は壊滅状態。まさに地獄図の様相を呈した。その後追い打ちをかけるように原発による放射能、風評と東日本の人達の背負う四重苦は計り知れない。
 
こんな時俳句で何ができるか、俳人はどうあるべきかを考えると、その無力さを痛感せざるを得ない。俳句に直接的効力があろうはずもないし、それは音楽も美術もその他の芸術が皆そうであろう。
 俳句が恐怖の中、生死をさ迷った人の心を和らげ慰めるなどおこがましい事に思っていた。しかし、かつて阪神淡路大震災で九死に一生を得られた俳人友岡子郷氏が次のように書いておられた。
 
「私が被災した時、外部の人たちの震災を詠んだ多くの人らの歌や句を目にした。おおかたはテレビ映像の模写か、それを大仰な言い回しにしたものだった。そんなものが何になる。むしろ被災者の心を傷つける。そうではなく、人の心を気づかうような作品にはそぞろ慰められた。」(『俳壇』2011.5)
 また、神戸税関に勤務していて被災された俳人戸恒春人氏の言葉に次のようにあった。
「半月ほど経ってから本関の時計塔に『示せ闘魂めざせ復興』という巨大な垂れ幕を吊るした。あれに勇気づけられたと言って来た方が多かった。」(『俳句』2011.5)
 
俳句にしろ、垂れ幕の檄にしろ、言葉である。言葉は肉体としての命に直接寄与するものではないが、疲弊した心に訴えることは出来る。言葉は心であり祈りである。一人一人の祈りの集積が、被災した方々を慰め励まし、更には、明日への希望と勇気を呼び起こすことに繋がるだろう。寄り添う心と連帯を送り続けることである。
 よって俳人が、被災者を慰め励ます俳句を作ることは意味がある。それがたとえ被災地の人の眼に直接触れることがなかったとしても、祈りを込めた俳句は、何か力を持つはずだと信じている。」


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辻主宰の語らんとするところも解らないではない。東日本大地震に際し各方面の方々がそれぞれの立場で復興支援の在り方を模索している。直接的な被災者でなくとも様々なアプローチがあって然るべきであろう。俳人として何が出来るか、俳句に何が可能かと考えるのは人情的にも自然な思いである。一方、当事者である被災者の中にも言葉を以って心の再生の可能性を追求している方々がいる。

例えば、拙ブログでも何度か取り上げている「てらやまへメールhttp://terayamahe.seesaa.net/の作者は福島の被災者でもある。被災以前から、そして被災以後も短歌、俳句の定型や詩篇を発表し続けている。それはすべて被災の現場からの被災者としての目線であり、心模様であり、表現である。私はここに短詩形の一つの可能性を見る思いがしている。短詩形に於ける社会性というような理念先行ではなく、被災者として今、ここを生きている表現者の真心が確かに伝わってくる。癒しだけでは済まされない、詩の表現者としての批評眼がここにはある。テレビ俳句や連想俳句では成し得ない、生きている現場の、命の輝き、言葉の輝きに勝る共鳴はないと思いたい。

俳人として被災者の為に何が出来るか?それは俳句がどこまで被災者に寄り添うことが出来るかという問題であり、なんでもない時の季語や素材に代わって「被災」という俳句共鳴の「場」があるということでもある。その「現場」でどこまで対象と一体となり、或いは切り込み、把握し、切り離し、昇華できるかが求められている。俳諧という遊びにも表現者としての真剣さが求められているのは言うまでもないことだ。


「いらくさのバラージュ 2011/6/3」


どのくらい 汚れたのです 梅の実は

墨色で 梅の実みんな 汚してよ

青い梅 青くないほど 汚してよ

ばつ印 つけてください 梅の実に

梅もぎの 手伝いしたし 夏の風


夏の風 少年兵が 手を見せて

梅筵 番もしたいと 申します

この村が 苦しむ夏は 何故ですか

杜若 牛を屠れと 誰ですか

梅の雨 死者まで泣いて 母泣かす






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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます
 梅の雨 死者まで泣いて 母泣かす
 無念な思いですね。
 昨日の朝日新聞の夕刊に永田耕衣の記事がありました。被災後、ますます創作意欲盛んだったとのことです。





湘次
2011/06/04 06:40
おはようございます。
言葉の集中砲火
纏まりがなくて俳句とは呼べないと
自らバラージュなんて照れ隠ししました・・・・・
俳人の方からは
眉を顰められることがあっても
褒められることはないはずなのに?
嬉しいです!
ありがとうございます。

私はNHKの放送などで
避難されてる特に年を召した方々が
インタビューされる映像を見るだけで
涙がこぼれます。
そして涙と一緒に
もう詩の言葉がこぼれています。

カメラの前で話をされる方は少数派で
黙って耐えておられる方が多いはずです。
勿論牛も鶏も犬も猫も無言。
そう思うとあわてて言葉を
書き留めてしまいます。

そして自分が書いた
母とか祖母とかの文字なのですが・・・・・
今は亡い親戚中のお婆さんが
その中にいるような錯覚を覚えて
不思議な安らかな時間を得ていることに
気がつくのです。

いらくさ
2011/06/05 06:14
私は4年前の6月から半年イギリスに
語学留学しました。そこで学んだのは
イギリス人の街づくりの素晴らしさです。
わざと美味しくない食事をしながら
その分街づくりに力を注いだ?のか
と思ったほどです。

市の第5次総合計画の策定の際には
ふるさとづくり市民会議に
公募で選ばれ環境問題をテーマに
安心安全の街づくりの
提言書の作成に参加しました。
今そのことを苦々しく思います。

他の市町村に在る原発に対して
何の言及もしませんでした。
市民生活に関連大有りの問題に関しては
市町村、県国、国際のボーダーを超えて
発言すべきと反省します。

つたない英語を少し混ぜて
事故後49日目からTwitterを始めました。
長くなりましたが自分の
モチベーションはあまり高くないと
自覚しておりますゆえ
ここで改めて勇気を出して
世界中の原発は順次廃炉すべき
そう考えているということを
文章らしきものにさせていいただき
自分をすこしがんばらせたいと思います。

玉宗様にはこの失礼を
寛容をもってお許しくださいますことを
お願い申し上げる次第でございます。

外は今日も良いお天気です。
ベランダに常盤露草が咲きました。
紙マスクをしないで!半袖で!
出かけたいです私です。
いらくさ
2011/06/05 06:25
 湘次さま。
阪神大震災に被災した永田耕衣はすごいですね。
ただものではありませんから、その俳句も追随を許さない、只者ではない俳句ですね。
尊敬する俳人です。人間としても。

 いらくささま。
ツイッターにはついていけないのですが、
詩人としての批評眼がない現代俳句を覚醒させてください。
それにしても福島はどうなるんでしょう。
復旧すらままならない現況ですね。移住が現実味を帯びています。政争に明け暮れしている場合じゃないのですが・・・
一日も早い終息を祈るばかりです。
合掌
市堀
2011/06/05 20:48

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