再生への旅

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zoom RSS 精霊祭り・死者と共に生きる

<<   作成日時 : 2011/08/09 04:28   >>

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誰もゐぬ仏間が夕焼けしてをりぬ 玉宗 


東日本大地震の被災地、特に東北の夏祭り、ねぶた、七夕、馬追い祭りなどが被災者たちの熱い思いの中で今年も開催されたという報道がされていた。人的にも精神的にも追い込まれた中での祭り開催。縮小されることはやむを得ないとしても、昨年まで一緒に汗を掻き祭りを盛り上げていた仲間や肉親の多くが亡くなっている現実があった。

未だ津波の瓦礫が残る誰もいない街中を練り歩く山車や灯篭が印象的であった。山車を引くものも見る者も共に涙している。生きていることへの切なさ、贖罪とまでは言わずとも、生き残った者たちも又、辛い思いを抱いているのが伝わってきた。

遺された者たちを祭開催へと突き動かしたもの。それは死者とともに生きていたいという隠しようもない腸からの思いなのであろう。祭りと云う非日常を行うことによって彼らは死者や冥界、或いは神の異界から力を与えられて日常へ立ち戻ることができる。それは過酷な人生を歩むために人間の知恵が生み出した魂の鎮魂であり、再生ではなかろうか。

今、ここに生かされている命。彼らにはそれが奇跡と受け取られているのではないか。生と死を分けたもの、それは天の采配とも、偶然とも、神様の思し召しとも、どのように言いまわしても足りない、生かされていることの不思議。生きている限り死は遥かに遠く、永遠に交わることはない。然し、死は生を生として全うせしめる欠くべからざる条件である。命はこのような生と死の一体性としてある。それは否定しようもない眼前の事実である。生と死、それは曖昧な継続であり、且つ、明白な断絶である。

祭りはそのような人の命が織り成す、近くて遠い生と死の歩哨の輝きであり、賑わいであるのかもしれない。






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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
海の写真と句いいですねぇ。
朝日とそして夕日が入るためには
一軒家でないと・・・・・

野馬追の字を見つけて嬉しかったです。
お心を寄せていただいていると知るだけで
安心感がふうとやってきて
棄民になってしまう福島?
という不安を
そんなことない!
と否定してくれます。
いらくさ
2011/08/09 07:38
おはようございます
 能登の夕日は懐かしいですね。
 去年のことを思い出しました。
 お祭りは自粛してはいけませんね。
湘次
2011/08/09 08:01
 いらくささま。
馬追いではなく、野馬追いでしたね。
東北の歴史は大和人の侵略と過酷な自然の猛威を克服してきた歴史でもありますね。
今回の大地震被災からも逞しく再生することを心から願ってやみません。
合掌

 湘次様。
お祭りは生者と死者との交流の場でもありますね。
死者から生きる力を与えられている命の不思議を思います。
合掌
市堀
2011/08/10 20:11

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