再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 種を播く人生

<<   作成日時 : 2011/09/17 04:59   >>

トラックバック 0 / コメント 2

画像


秋の種日のあるうちに播かむとす 玉宗

今日から畑作務再開。
化成肥料を鋤き込んだ後、秋播きの野菜種を播いた。キャベツと白菜、ブロッコリーは苗を買い求めて定植した。
取らぬ狸の皮算用ではないが、種を播いた後のあの期待感、わくわく感、充実感は畑作務の醍醐味でもあろうか。収穫という目的意識がないことはないが、明日への人生に光りが指すような感覚に包まれるのは幸いである。悪くはない。大袈裟かもしれないが、人事を尽くして天命を待つ、といったところがある。ものの種、という小さな存在が収穫するほどの大きなものになる。不思議と云えば不思議な事である。野菜は早くて二三カ月でその結果が出る。種という因が自然環境や人間のちょっとした縁という手引きで良くも悪くも結果を齎す。

画像


人生も又、種を播きながら様々な実りを収穫して生きていくようなものであろう。然し、人生には予想外はよくあること。精いっぱいのことをしても誤り、失敗し、裏切られることも珍しくはない。思い通りになることの方が少ないかもしれない。人生は思いの外のことであるから面白いのだろうし、それが生きている醍醐味というものなのだろう。そして忘れてならないのは、因縁果が又、次の因縁となるということだ。失敗も成功も全て次のステップへの種となる。それは「死」という因縁を受け入れるための試行錯誤にさえ見えてくる。

画像


先日の總持寺御征忌法要の期間中、興禅寺を訪ねて来てくれた後輩のお坊さんたちがいる。十数年前、私が祖院に出仕していた頃の安居者たちである。皆、お寺の住職や副住職になっていた。私のようないい加減な中間管理職を忘れずにいてくれたことに開いた口が塞がらない。有難いことである。此れも又、私が播いた種が成した現実の因縁果であると受け止めさせていただいた。彼らの思いに恥じる事のない精いっぱいな種まき人生を送りたいものである。







よい記事と思われましたらポチっとお願い致します。合掌
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ



テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
本格的な畑作務をおやりですね。
畑仕事はまさに人生の縮図だと私も思っています。どのような対応をしてきたか、結果は自ずと判定されますものね。ごまかしが効かないところが好きなところでもあります。
たんと
2011/09/18 18:34
たんと様。
コメントありがとうございます。
いや〜お恥ずかしいです。
早速、台風が近づいているようで、どうしたものかと二の足を踏んでおります。仰るように、畑もやっただけの反応があったり、なかったりするようですね。自然が相手ですから、予想外が常識と思わなければなりませんね。
ご指南ください。(^^;

合掌
市堀
2011/09/18 20:53

コメントする help

ニックネーム
本 文
種を播く人生 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる