再生への旅

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zoom RSS 共に凡夫なるのみ

<<   作成日時 : 2011/10/10 04:36   >>

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ふるさとの山は泣けよと装へる 玉宗

昨年、町内の公道で交通事故に遭い亡くなった檀家のおばあちゃんの一周忌法要をした。
交通事故の被害者、加害者共によく知る町内の方々である。過失でも交通事故の場合、当事者を加害者とか被害者と括らねばならないことに正直なところ割り切れないものを感じるが、生と死を峻別させられる契機となった事件であるには相違ない。

遺族には、事故に遭った道路脇にお地蔵様の石像を立てようかとも考えたらしいが、運転されていた方のことを慮って、敢えて立てなかったのだという。当事者たちは現場を通るたびに心を痛めているには違いなく、加害者を責めるのではなく、亡くなった者への追慕の想いや石仏を立てて事故の記憶を忘れてほしくないという思いもあろう。そのような事故現場に立てられた石仏を見る事も珍しくない。注意一秒怪我一生と交通事故の注意喚起を促す道標ともなることは想像に難くないが、人間にはいつまでも事故や事件によって齎された不幸を忘れてしまいたいと言う心理、感情もある。此の世の人間が総て善意の持ち主であっても事故はなくならないだろう。

あくまでも当事者間の問題であるかもしれないが、今回の場合は、遺族と運転されていた家族との間に、相互への思い遣りが出来ているようで、殊更にお地蔵様のご縁をお借りしなくてもいいようである。

思えば、事件事故の絶えない人間社会ではある。悪意のある場合でも加害者への人権が考慮される一方で、被害者や遺族への保障や保護が不十分ではないかという指摘もある。法は万人に平等・公正であるのが建前であるが、それを受け入れる側には必ずしも平等感・公正感が均等であるとは限らない。

共に煩悩多き人間同士。共に凡夫なる我らであはるが、凡庸なる命というものがないことを心にも身にも肝にも銘じ、そのような共に凡人なる他者への思い遣りを失くさないように生きていきたいものではある。






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