再生への旅

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zoom RSS 「俳句と私〜東日本大震災を通して」高野ムツオ講演記録より

<<   作成日時 : 2011/10/12 05:22   >>

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秋風や吾に蝦夷の曳かれ唄 玉宗

NHK学園「俳句春秋bP26号」には高野ムツオ氏の伊香保温泉俳句大会での講演記録が載っている。俳誌『小熊座』主宰である高野氏は宮城県多賀城市在住であるが、この度の大震災をを目の当たりに体験され、俳句への存念、志を再確認されたという。
仙台市駅前の地下街で地震に遭われた氏は、激しい揺れの中で「これは俳句を作らなければいけない」と思ったそうである。この恐ろしさを表現するのに季語はいらないと咄嗟に判断し、それを念頭に出来たのが次に様なもの。

四肢へ地震ただ轟轟と轟轟と  ムツオ

氏は述べている。「掲句より〈轟轟とただ轟轟と〉のほうがいいのか、決めかねています。〈ただ轟轟と轟轟と〉だと、少しおとなしく収まりすぎているような感じがします。これから、うまく熟成されてゆくと思いますので、もう少し考えたいと思っています。でも、無季であることは動かないと思います。たとえば、戦争の俳句で生死の場面を詠った無季の作品に名句があります。ですから、俳句は季語を使う、季語によって発想する。季語が世界を広げる、これはそのとおりだと思いますが、そこに収まりきれない世界があるんだと私は思っているんです。」

過酷な被災状況の中でもやはり俳句を作らなければいけないと思った三つの理由があるという。
一つは、とにかくその瞬間というのは、そのときしかないということ。
二つ目は、俳句を作ることが氏の心の支えとなっていること。
三つめは、被災の現場にいる俳人としての義務感のようなもの。

「自分で自分を納得させる俳句、自分の思いの表現として納得できる俳句が欲しかったのです。」

俳句へ作者の思いを込める事に拘る文学者・高野ムツオ氏の言であるが、被災して間もない時期での作句での試行錯誤があるらしい。以下のような作品も紹介された。

地震の闇百足となりて歩むべし

常の座へ移るオリオン大地震

膨れ這い捲れ攫えり大津波

車にも仰臥という死春の月

泥かぶるたびに角組み光る蘆

人呑みし泥の光や蘆の角

嘴に動く鰭あり春日に満ち

瓦礫みな人間のもの犬ふぐり

みちのくの今年の桜すべて供花

桜とは声上げる花津波以後

一目千本桜を遠目死者とあり



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みちのくはもとより泥土桜満つ ムツオ

「今度の津波ですべて泥だらけになってしまったけれど、考えてみれば数万年前、いや、数億年前から日本はもともと泥の国だったのです。みちのくもそうでした。『古事記』にもそう書いてありますね。いざなぎのみことが矛でかき回した泥ですからね。日本そのものが泥から成り立っている。もともとそうなんだ。そこから桜と同じように生きる命を培い、そして、これから生きていく。そういう思いを伝えるのが俳句だということですね。
ここまで今回の震災の私のささやかな体験から学んだことをお話しました。まだまだ言い足りないことが沢山ありますが、それも含めて、これからの俳句を作る支えにしたいと思います。俳句というのは、そういう生きてある思いというものを、広く深く伝えることができる器なのだと思います。」

氏にとって今回の震災体験は俳句表現の再確認であり、それは命の再確認であったことがよく解る。氏自身の俳句を見る目、自然を見る目、人生を見る目が更に磨かれた観がある。生きるものに対するいとおしさや命のかけがえのなさ、そういう作者の熱き思い。すべてのものに命があり、その瞬間にしか輝かせることのできない光を放っている。それを一七音に留めるのが俳句というものなのだと。

俳句作者である自己に徹する高野氏。その職人魂に圧倒される。やはりここにも命懸けで文芸を志すものの真実がある。氏にとって俳句の再生は成し遂げられるであろうし、そのような俳句が被災者に寄り添い、魂を救うものになることを願って已まない。

すぐ消えるされど朝の春の虹 ムツオ





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>日本はもともと泥の国だったのです
同じことを思ったのでした。
そして日本語が急に祖霊と私を繋いだ
気がしました・・・・

といいながら・・・・・
7箇月が過ぎて今朝は明るい俳句を
書いてみたところです。
いらくさ
2011/10/12 06:19
いらくさ様。
ご両人とも、震災が創作のエポックになったのですね。私は能登半島地震が俳句より、お坊さんとして再生する機会となった観が強いです。
俳人としてはその前からあきらめていましたから。(^^;
御作、ポエジーに溢れていますね。羨ましいです。

合掌
市堀
2011/10/12 22:38

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