再生への旅

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zoom RSS 住職であるという事

<<   作成日時 : 2011/10/19 04:55   >>

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薬石に仏供への柿貰ふ 玉宗

本日18日午後2時から、永福寺に於いて恒例観音祈祷法要が行われた。
5月に33年ぶりの御開帳をして半年弱で参詣者も少なめであったが、總持寺祖院僧堂から三人の雲水さんと市内の組寺和尚さん二名の法助を得て無事円成。来月は興禅寺で同様の法要を予定している。二ケ寺を兼務しているのでふた月に一回は行持をしていることになる。

寺の行持を護持するにも私一人の馬力ではどうにもならない。夫人をはじめとした寺族は勿論、檀信徒の施心と奉仕、援助がなければ到底為し得ないものである。お寺とは法縁の中で僧俗が関わり合う世界であることを今更のように認識させられる。一人で仙人然として生きて行くことを選ばず、お寺の住職になったということは檀信徒のために身心を尽くし、率先して仏道を行じることを宣言していることに他ならない。

そのような関わり合いの中で、どこまで私が無私に相手を思い遣り、法施・財施を基本とする窮まりのない布施行を実践できるかが問われるだろう。私の住職としての値打ち、意義もその因縁の世界のことである。私の知らないところで様々な評価が私に宛がわれていることであろう。

社会が本流ばかりであったら、社会が枝葉末節を除外したら、私のような凡庸なお坊さんの存在を許さないとしたら・・・時々そんな悪夢に魘されることがある。此の世に無駄なものはないが、無駄が全くないというのもなんか怖ろしく窮屈な世界ではある。一人では何事も成し得ないことも確かであるが、あってなきが如くの存在でありながらも、なくてはならない存在者としていたいという思いもあることも誤魔化すことができない。

さて、そんな娑婆世界でどこまで歩き続けることができるか。

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 本尊真前に於いて大般若経転読祈祷法要。

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 烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)尊前。

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 總持寺祖院専門僧堂安居中の雲水さん達。ご苦労様でした。





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます
 二寺の住職は苦労が多いことでしょう。
 まもなく冬ですね。そちらの用意も大変ですね。
湘次
2011/10/20 08:40
湘次様。

コメントありがとうございます。
ああ、もう来月は11月なんですね。
俳人は季節を先取りするので落ち着きません。(笑)

合掌
市堀
2011/10/20 19:27

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