再生への旅

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<<   作成日時 : 2011/11/29 04:06   >>

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しづけさに天降る木の葉のありにけり 玉宗

 先日、能登半島地震後にボランテイア活動の中で知りあったお坊さんが自死された。私より一回り若い独身男性である。宗派は違うが同じ被災者同士として心通じ合うものが少なからずあった。人柄も私などよりは余程穏やかで、今から思えば、その穏やかさ加減が自死を選択したのだろうかと思われてくる。お寺の事情を存知しないが、僧侶としてのお勤めの外に、一般の会社で副業をなさっていたのは知っていた。お寺だけでは生計が成り立たない小規模寺院が能登には多く存在している。彼の場合、それだけが自死の原因とは思われない。
思い余るほどのことを他人が詮索することなど不可能だし、それは本人だけが知ることだ。いずれにしても、行き詰ってしまったことだけは確かである。

 年間の自殺者が三万人を越えてる現代日本。その中にはお坊さんが何人いるのだろうと改めて思う。
私が出家して間もなく、臨済宗南禅寺の管長さんが僧堂で縊死されてマスコミにも大きく取り上げられたことがあった。当時の識者たちが僧侶の自殺について見解を述べていたのを今でも覚えている。命の大事を諭す立場の者が自らその命を粗末にする行為は如何なものか、といったものや、自他共にその悟りを認められ師家分上と尊崇された方の心の堂奥は計りしれるものではないといった同情的なものや、神聖な修行道場を汚す蛮行であるといった批判的なものもあったと記憶している。

 お坊さんとして本物であったら命を粗末にするようなことはあるまい、といった見解も肯けるものではあるが、人さまの命を大事にすることにどのお坊さんであっても吝かではなかろう。
行き詰って自殺することはお坊さんとしては失格であろうが、一人の人間としては、私などには同情を禁じ得ない。問題は自己の命を背負いきれない、受け入れ切れない私がいる、ということが問題なのである。彼が所属していた宗派がそれを教え導いていないとは考えられない。彼自身がどこまでその教えを生きる力とし、支えとして生きていたのか。

生きながらえれば苦労や恥も多く、迷う事もあるだろう。見えなくなってしまうこともあろうが、見えてくるものがあるのも事実である。自死することによって失ってしまう人生の醍醐味があるだろうし、弱さや愚かさが人間の存在意義であると思いたい。それはお坊さんであろうがなかろうが、本物であろうが偽物であろうがお構いのない、容赦のない命の実物の様子である。
 お坊さんの社会的使命といったものは確かにあるだろう。人間ならばその任に堪えられなくなることもあろうというものではないか。お坊さんとして失格であってもそれが自死という責任の取り方をすることにつながりはしない。世の中には失格であっても堂々と看板を掲げている者がどれほどいるかしれない。

それにしても身近にこのような事例が起きるのはやり切れないものである。彼は絶望という彼岸の一歩手前にいたことには違いないのだから。同じ方向を向いて生きていた者として、申し訳ない思いが拭いきれない。









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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
お坊様が自死される・・・・・寂しすぎます。
死を覚悟しながらきっと何事もないように
振舞っておられたのではないでしょうか。
井月のようにどこかに流れてでも
生きていけなかったのかと思ったりします。
これから冬が寒さを増すともっと
沢山の方が絶望を胸に黙って彼岸へと
旅立ってしまうことでしょう・・・・・
12月の被災地が怖いです。

深くご冥福をお祈りいたします。
いらくさ
2011/11/29 04:42
しづけさに天降る木の葉のありにけり 玉宗

ごぶさたしました。

お知り合いのお坊さんの自殺だったのですね
そういえばあの時もこの時もと思い出され、
哀しくなるでしょう。

9月の話ですが、「写真に一句」の句会で
三句ともとっていただきそのうち二句には特選、を頂、苦吟をずっとしていますから
歓喜の声を上げました。
お尚様とはやっぱりご縁があるのですね。
遊子
2011/11/29 21:53
いらくさ様。
自死が自己否定なのか自己肯定であるのか、一概には言えないのですが、人間が生きるとは関係の持続であるとつくづく考えさせられることでした。

遊子様。
御無沙汰でした。
お元気のご様子。なによりです。
写真俳句の皆さんのご活躍を眩しく拝見しておりました。
特選でしたね。
作品本位ということで、顔が見えないほうがいいのかも。(^^;
ご健吟を。
合掌
市堀
2011/11/30 08:16
今僕の中でも大きなテーマになっているのが自死による問題です。
この自死に対する見解はどうあれ、やっぱり今の社会の心のケアが大切なのでしょうね。
震災にあって、「強く立ち上がる人々」という表現もよく耳にするのですが、そんな強くなんかない、四方からの支えがあるからなんとか立っているんだということを、もっと人ごとに思っている方々からわかっていただきたい気持ちもあります。
自死の問題も決して人ごとではありませんものね。僕たちお坊さんだって支えがなければどうなるかわかりませんものね。
ただ、仏の教えがその中で一つの大きな支えとなることもまた事実。

いつも勉強させていただき、ありがとうございます。
コウジュン
2011/12/25 09:50
コウジュン様。
お坊さんでいらっしゃいますね?!
コメントありがとうございます。
仰る通り、仏法が私どもの生きる支柱でなければなりませんね。世法仏法の中で迷い、ぶれる事も多いのですが、それでも仏の方を向いていこうという志が欠かせません。
ご精進を祈ります。
合掌
市堀
2011/12/26 08:22

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