再生への旅

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zoom RSS 法事は何の為にするのか?!

<<   作成日時 : 2012/02/13 04:42   >>

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如月の風の荒びや沖つ波 玉宗

時々「法事」について尋ねられることがある。

「方丈さん、私らも歳をとって親の五十回忌ができるかどうか解らんし、少し早いんだけど今年、法事を済ましておいていいもんかね」

「方丈さん、中陰、百か日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十五回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌、これ、全部せにゃならんのけ?」

「所によって月忌したり、しなかったりするらしいけど、ほんとのところどうなんけ?」

「法事を疎かにすると罰があたるんけ?」

常々、仏教としての先祖供養というものがあるだろうと思っている。
それでは仏教ではない先祖供養といったものがあるのか、ということになるのだが、発生的には仏教渡来以前に死者を供養する土俗的儀式といったものがあっただろうことは想像に難くない。「死」を「穢れ」として「忌み」、此界と冥界とのやりとりがあったに違いない。中陰や年忌といったものは神道、儒教などの思想が溶け込んでいったものらしい。葬儀や法事は仏事の専売特許ではないが、少なくとも仏教信者の間では歴史的にみて「導師」としての役割を勤めて来たのは事実である。

さて、輪廻転生、業論、縁起、因果律、空、四聖諦、等々、仏教の世界観、死生観といったものがある。そして解脱、八聖道、顕教・密教、大乗・小乗等々、仏教の修行観観といったものがある。いずれも「眼前の死」「眼前の生」を如何に理解し、如何に受け入れるか、それもこれも「今生の命を如何に生きるのが最善か」「生死に執着せず生きる」といったものに収斂していくための「方便」であろう。

葬儀、法事などの儀礼も「命の一大事」としての「機縁」としての「儀礼」である。「供養したい」という遺された者の心がある。それは「供養しなければならない」といった「義務感」として表出されることもあるだろうが、本来、外や他から「しなければならない」として強要される筋合いのものではなかろう。「布施」がそうであるように「供養」もまた、私自身が自ら発し、自らを顧み、自らの人生のためにするものではないか。「情けは人の為ならず」「布施も供養も人の為ならず」「葬儀も法事も供養も人の為ならず」みな、自己の為、自己の世界の荘厳である。

仏教的には「供養心」が起きた時が大切であろう。今、ここにある命の尊さ、不思議さ、有難さ、危うさ、確かさに思いを馳せる「時と場」が人生にはある。それは人それぞれの「ときと処」があるのが実際である。そうではあるが「形」としての「法事」に「供養心」という内実を盛ることも意義深いものと言わねばなるまい。現今の法事や葬儀の形が未来永劫に続くと思っているお坊さんもいないであろうが、このような次第の現状が、今の日本的仏教としての供養であると言っても過言ではなかろうと思っている。

いずれにしても「供養心」とは「命あることへの共鳴」であろう。「法事」もまた一つの宗教文化である。誰の為にするものでもない。現象世界と冥界と一体である自己の為のものである。仏教としての供養とはそのような「共にある」生き方の一つである。私はそう思っている。







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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
払暁の月はどこやら猫の夫  よし
yoshiyoshi
2012/02/13 07:02
おはようございます
 先日葬儀がありました。一見普通の葬儀ですが本人の遺言でお香典や供花は一切ご辞退とのことでした。
そろそろ自分の葬式のことも考えておく年齢になりました。
湘次
2012/02/13 09:21
昔から「親戚に医者がいると安心だ」と言いますが、お坊さんの知り合いがいると安心だということに気がつきました。死産だった子の小さな骨壷一つ、ずっと枕元に置いているのです。
志村建世
2012/02/13 23:42
yoshiyoshi樣。
猫も朝帰りする季節となりましたとさ・・(笑)

湘次樣。
生活改善ということで香典や供花を遠慮する風潮がありますね。惜しむ気持ちが執着心の表れでないことを願うのですが。

志村建世樣。
生死の境界の歩哨的役割が期待されているのが現実ですね。
市堀
2012/02/14 18:01

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