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zoom RSS 「宗」とは何か?!

<<   作成日時 : 2012/02/27 05:02   >>

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天が下に伏せし伽藍や冴返る 玉宗

倅と二人で越前市の御誕生寺を訪ねた。毎週、日曜参禅会が開かれており、到着した時刻には既に坐禅が始まっていた。御誕生寺では在家出家の隔てなく坐禅堂内で坐禅を共にする。こちらでは坐禅中に警策を廻さない。策励するもしないも自己責任。この日の坐禅会も二拄の坐禅をした後、板橋興宗禅師の講和。終わって堂内に於いて車座になって茶話会。和気藹々の雰囲気は僧堂であることを忘れさせる錯覚さえ起こさせる。
然し、ここは確かに宗門の専門僧堂であり、朝晩二回の坐禅も毎日欠かさない。志と内実が本物かどうかだけが試されている家風と言ってよい。

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十年前に興禅寺で倅の得度式に出席して戴いた折は、総持寺祖院の住職でもあった禅師樣。今年八十四歳になられる。「玉宗」は得度の師匠である禅師様から戴いた安名である。「宗」は「興宗」の「宗」でもある。「興宗」から「玉宗」そして、わが弟子は「孝宗」と安名した。
お坊さんの世界に招かれた「仏縁」。生きる方向性、人生の依るべき宗旨、根本、一大事、宝、それが「宗」。師匠から嗣ぎ、弟子に継ぐべきものは畢竟「宗」なのであると思っている。

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その「宗」たるや、執着なく生死を生き切ることに尽きるというのが私の全てである。あるがままの世界をあるがままに生きる。随流去。諸行無常は人生の絶壁であり、展望台でもある。自制でもあり翼でもある。臨機応変、殺活自在、ものや形に拘らずそれを活かす、目に見えるもの見えないもののどちらかに偏らず一体のものとして受け入れる。二見の間でぶれない今という中道を生きる。その軸こそが「宗」の「宗」たる所以ではなかろうか。禅師様に接しているとそのような「無罣礙」な境涯の広やかさに包まれていることを感じる。そんなお坊さんに私もなりたいと思うようになった。






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
蟄虫 戸を啓き 桃はじめて笑い
菜虫 蝶と化す 爛漫の宵

三代は永代の精随なのですね、めでたさ、ありがたさに、時候も一時に訪れそうですね。

貧女の一灯
2012/02/27 13:34
貧女の一灯樣。
道半ばにして前途を得たり、といった思いが無いではありません。一層の精進をしなければなりませんね。
ありがとうございます。
市堀
2012/02/29 12:28

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