再生への旅

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zoom RSS 東日本大震災から一年。被災者の皆さんへ

<<   作成日時 : 2012/03/12 03:33   >>

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死者生者朧の夜を同じうす 玉宗


東日本大震災から一年が経過した。

地震と大津波によって福島はもとより、宮城、岩手の各県には壊滅的と言っていい被害を受けた地域がまだまだ多くあることを報道に依って改めて知らされた。そして、再生の道を逞しく歩みだしている人達がいる一方で、未だに胸奥に刻まれた心の傷の悩まされている方々が多くいることも。

死者行方不明者が二万人に届かんとする大災害。それがあの日、一日で齎された惨劇であったことに胸が痛む。被災者の無念、哀しみ、絶望というにも足りない無力感、命あることのやるせなさ、遺されたことへの罪悪感、そして希望というには余りに微かな陽炎のような明日への光り。死者も生者も如何にして魂の彼岸に落ち着くことができるのだろうか。

遅々として進まない復興の現実に、ここに至って絶望感に苛まれている方々も多いという。政治家を責めるのも解らないではないが、震災の齎した影響は一筋縄ではいかないことを思い知らされる。生き残った者は何としてでも再生しなければならない。そうでなければ、誰が無念の内に亡くなって行った死者を供養し、冥界とこの世とを一つにすることが出来るだろう。


私自身は能登半島地震からもうすぐ5年目を迎える。被災者として生きて来たこの間、語弊があるかもしれないが、再生への日々は新鮮な日々でもあった。それは震災に遭ったこと自体と共に、それ以後の展開に於いても私自身に構えるところが無かったからだろう。吾ながら運命に身を任せたといった観がある。天の采配としか言えない私という存在に拘ることの無意味さに打ちのめされていたのかもしれない。

絶望するにも人は何がしかの力を必要とする。運命を受け容れ難いと足掻くのではなく、流れに身を任せ、私心を捨てる。そのような再生へ向かって歩み、そのこと自体に、生きていることの喜び、苦しみ、悲しみがあり、それがそのまま人生の醍醐味であり、人として生きる事の意義なのだと実感するようになった。

失敗や苦労や災いがそのまま人生の意義を否定するものではなく、人生をして人生たらしめる価値とし光るような、そのような軌跡。それは儚く、危うい存在として生きる事が、そのまま自己再生、命創造の日々であるということ証明なのではないか。そこに至って始めて人生に無駄なものは一つもないと言い得るのだろう。

運命とは切り開くものだとも云われる。震災に遭った自己の人生をどのように切り開けというのか。死んでいった者たちには切り開く人生の機会もないのである。切り開くとは生きている者達の言い草であるには違いない。然し、死者が語らなかった運命に対する無念を代弁するのも生き残った者の為すべきことではないか。否、代弁するだけではなく、死者の魂を我が肉とし、わが血とし、わが心とし、わが彼岸とし、わが命とする。それこそが命生き継いだもの等の宿命なのかもしれない。

生き残った者も何れは誰ひとりの例外もなく黄泉に赴く。生死の運命に翻弄され、嗟嘆し、切り開き、格闘し、恩讐の彼方に至るのも、命生き、生かされている諸行無常の現実なればこそである。真実の生き方があるのではない。生き続けること。それこそが真実である。
被災地で格闘されている皆さんに、そのような思いをも込めてエールを送りたい。合掌







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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
誰ひとり希にあらね椿落つ  よし
yoshiyoshi
2012/03/12 06:10
>真実の生き方があるのではない。生き続けること。それこそが真実である。
玉宗さまなればこそのお言葉としてうけとめました。被災者の方々の思いは“絆”という一言ではくくれない複雑な感情を抱えておられます。これからがむしろ本当の“支援”になるのかもしれません。
くろちゃん
2012/03/12 07:07
>失敗や苦労や災いがそのまま人生の意義を否定するものではなく、人生をして人生たらしめる価値とし光るような、そのような軌跡。それは儚く、危うい
存在として生きる事が、そのまま自己再生、命創造の日々であるということ証明なのではないか。そこに至って始めて人生に無駄なものは一つもないと言い得るのだろう。
<おっしゃる通りだと思います。
遊子
2012/03/12 18:30
yoshiyoshi樣。

地に帰りたがっているように見えることもあります。これって、どんな心境?

くろちゃん樣。
被災者には歯痒い「絆」かもしれませんね。
支援者もわが身を省みる機縁としなければと思っています。

遊子樣。
誰ひとりとして、精いっぱい生きていない被災者はいない筈です。
時間は掛るかもしれませんが、いづれその真心は天地に通じることを疑いません。

市堀
2012/03/13 20:27

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