再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 雪の果て・いつも本番

<<   作成日時 : 2012/03/14 05:00   >>

トラックバック 0 / コメント 3

画像


涅槃図の月より蒼し侍者阿難 玉宗

今年の興禅寺涅槃会は雪が降ったり晴れたりの日和であった。春の雪が涅槃時季に降ることはよくあること。晴れ間の日差しは確かに春のものなのだが、一転俄かに掻き曇り淡い春雪が舞い出す。北陸の忘れ雪というに相応しい風情がある。春になり切らず、冬が終わり切らない。躊躇する季節の運航。人生の歩みの如く、生を惜しみ、死を惜しみ、有為転変の人生の流れに棹さす心意気が試されているかのようでもある。

画像


法要では小僧の倅を侍者として仕えさせて臨んだ。大先輩達の中に紛れてどんな思いでお経を誦んでいたものやら。

画像


僧堂では法要で進退作法や御経を読み間違えることを「けちらす」と言う。大きな「けちらし」もなく、それなりに勤めあげていたようだ。行持というものはベテランだから有難いというものではあるまい。初心の無心な所作進退に心洗われることも事実である。ひねたベテランより余程美しく、清浄であるとも云えなくもないのが仏道の面白いところでもあろう。

合掌とは自己の清浄心に手を合わせているには違いないのだから。

画像


お経本の持ち方ひとつにも私心があってはならない。その姿に自己の生きる姿勢が如実に表現されており、今ここで仏法を担う仏弟子としての意義がある。いつも本番。まちがっても間違わなくても、けちらしても、けちらさなくっても、いつも本番。二度とないのが今の実相である。

それほどの覚悟をもって人事に侍るのが理想であろう。

画像


法要後は涅槃団子を撒く。今年も無事に勤めあげることが出来た。仏天の御加護、随喜寺院・本山大衆の威神力、檀信徒の信心の賜である。合掌






ランキング応援クリック

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ


テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
花菜漬残り僅かな歯で噛めり  よし
yoshiyoshi
2012/03/14 07:15
>行持というものはベテランだから有難いというものではあるまい。初心の無心な所作進退に心洗われることも事実である。ひねたベテランより余程美しく、清浄であるとも云えなくもないのが仏道の面白いところでもあろう。
<いただきました。ありがとうございます。
遊子
2012/03/14 09:52
yoshiyoshi樣。
ん〜、あはれなれどもおかしかりけり。(^^;

遊子樣。
初心の中の弁道とも申します。

市堀
2012/03/17 09:30

コメントする help

ニックネーム
本 文
雪の果て・いつも本番 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる