再生への旅

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zoom RSS 福島からの声・詩人の場合

<<   作成日時 : 2012/03/22 04:33   >>

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蟻穴をこの世に甲斐があるやうに 玉宗

詩・短歌・俳句の詩性を駆使し、福島から作品を発信し続けている「てらやまへメールhttp://terayamahe.seesaa.net/」のいらくさ氏がFBに以下のような散文詩を載せておられた。一過性の作品として看過できなくなり取り上げさせて戴いた。特にタイトルは付けられていない。それこそが当に、被災者のごく当り前な日常の心模様とでも言いたげである。それゆえにこそ、重く響いてくる。

家を流され家族を失った人々を被災者と呼ぶのであって
自分はそうでないと我慢をして暮らしていた。
でもマンションは半壊
身体は(一部損壊?)病を得て
生まれて初めて全身麻酔を体験して後
ひとり病室で過ごしていた夜に
急に白旗を上げて「私は被災者です。」と
言いたくなった・・・・・

しかしそれでも自分は100パーセント被害者ではない。
一票の選挙権を与えられた市民であり
望めば市議にも県議にも立候補さえ可能なのであり
何よりも言論の自由を保証されているのだから
「原発反対」と常に表明していればよかったのだ。
なのに、沈黙して当たり障りのない日々の暮らしを甘受し
自動的に、愚かな消費社会の一員となって過ごしていた。

毎朝テレビの天気予報を見る。
日本列島は頼りない竜の落し子か?
こんな小さな島に
いつの間にか何十基もの原発を建てていたなんて。

一年が過ぎ、今私の救いは自分の愚かさを自覚していることだ。
しかしこの愚かさを自覚して後
再び原発の事故を見るのは許しがたい。
たとえ狂人となっても・・・・・・死者となっても許せない。

原発は要らない、福島に、この国に。
この国に要らないものはよその国にも要らない。
つまりこの星の隅から隅まで
何処の土の上にも原発のたつ場所は無いと
ここで言っておく。

福島の被災者として
慎ましく暮らし美しい田園を渡してくれた
父祖を持つ子孫として。
牛やでんでん虫や、菜の花や芋虫や
魚や海豚や、小鳥や欅や、彼らの友人として。
遠い遠い未来のこの青い星に住む
清らかな3月の子供たちの先祖として。


3月11日以後の氏の作品には、妙に明るい沈潜した絶望感が漂っている。福島原発被害の惨状、悲劇に対する眼差し、批評眼、つまり氏の詩精神は必ず自己へと回帰してくる。平たく言えば、他人事ではない、福島の傷んだ魂と一体であろうとする作品を通底する響きがある。自らが光源となり明日を切り開こうとする作品を彩る明るさがある。そこが氏の人としての誠実さであり、詩人としての力量なのであろう。

雨音を聞かないで済む虹の色七つ見えると言わないで済む

まださむい  はるのひがんで ほっとする

ひがんみち おいていったと せめつづけ

今では、誰もが福島の惨状に手を拱いて、どうしてよいのか解らないといった観さえある。帰るに帰れない故郷福島。被災者は原発難民として精神的にも物理的にも流浪しているではないか。瓦礫の撤去さえ出来ず、近隣の被災地の瓦礫受け入れさえ遅々として進捗しない。
詩人は自分の無力を痛感している。だからこそ、身を削り、心を削り、言葉を削り、作品と心中することがせめてもの罪滅ぼしなのだと言いたげである。






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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
大川の柳押しのけ飛ぶ燕  よし
yoshiyoshi
2012/03/22 07:22
まことに・感動しました,
風鈴のとら
2012/03/22 17:22
>詩人は自分の無力を痛感している。だからこそ、身を削り、心を削り、言葉を削り、作品と心中することがせめてもの罪滅ぼしなのだと言いたげである。
<周りにいておろおろするばかり、伝える言葉もありません。
遊子
2012/03/22 22:01
おはようございます
 福島の今の日常の心模様から発信された言葉は胸に響きます。
湘次
2012/03/23 08:42
思いの丈を吐きだされたような気がします。少し、気持ちがすっきりされたでしょうか。そうあって欲しいと思います。
花てぼ
2012/03/24 22:50
yoshiyoshi樣。
燕は自由自在ですが、命を削っているには違いありませんね。

風鈴のとら樣。
言葉で人を感動させる。詩人たる所以でしょうか。

遊子樣。
おろおろするときはおろおろするより仕方ありません。そうやって人は命の真相を受け入れて行くのでしょうね。

湘次樣。
何気なさの中にある真実。

花てぼ樣。
私の同感です。
放射能は目に見えないので達の悪いストレスが溜まりそうです。綺麗な福島の風土を還してあげたいですね。
合掌

市堀
2012/03/25 09:10

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