再生への旅

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<<   作成日時 : 2012/03/27 04:44   >>

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嬉しくて堪らぬ春の流れかな 玉宗


今日は倅が僧堂へ上山する日である。

新しい世界へ足を踏み出すには不安と期待の綯い交ぜの落ち着かなさがあるだろう。顧みれば、人生とは別れと出会い、そして発見や感動、失望の連続であり、後先も明らかならぬまま、今の命を戴くばかり。人の先入観や都合を少しづつ裏切り人生は展開していくとも言えよう。
彼も又、彼なりの絶望を経験した上での人生の選択であっただろう。良き出会いが人生の宝であることは言うまでもないが、自己にとって出来れば忌避したかった事柄さえも掛け替えのない出会いであり、別れであったことを頷けるのも諸行無常のお蔭である。絶望したことのない若者など信用できない。

純粋で、ロマンチストで、ナルシストで、センチメンタリストで、脆く、無知で、そして美しい。それゆえの若さの挫折。今、仏弟子として未知の世界へ旅立とうとしている倅にとって、仏道の世界での出会いや別れ、感動、そして失望があることであろう。それらの人間模様、人生山河を乗り越え、受け入れ、自己のものとする逞しさ、柔軟さを持っていてほしいと切に願わずにはいられない。全てが自己の命の風景である。失敗を恐れず挑戦せよとはよく耳にする若者への激励の言葉であるが、挑戦することも出来なくなった分別のある大人からの餞の言葉でもある。若さ、それは自己の命の可能性を生きることである。

儚く危うい人生の諸行無常の流れに棹さして、今を精進する以外に自己の在り処はないし、永遠に繋がる手立てはないものと知らなければならない。人生とは自己が自己に決着するための試練にして出会いの旅でもある。誰もお前の足に代って人生を歩いてはくれない。旅をすれば視野が広まり、展望もきくであろう。そのようにして人は夢を育て夢に生きて行く。それはお坊さんの世界でも同じことだ。

出家とは再生。生まれ変わること。なんともない広やかな自己の世界へ躍り出る事。それが父であり、師匠である私からの衷心からの餞の言葉である。

あきらめず何度でも挑戦してほしい。倅よ、逞しくなって戻ってこい!





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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
いよいよですね。
私からもパスポートを発行します・・・・・新しい光の中に旅する羨ましい若者に!
いらくさ
2012/03/27 05:07
餞別の花は明日咲く待てよかし  よし
yoshiyoshi
2012/03/27 05:20
おめでとうございます。
親心が今朝も沁みます。
遊子
2012/03/27 07:47
ご子息はすでにいい父親といい師にお会いになりました。例えこれから挫折があろうともそれは「いい挫折」に違いありません。
誠におめでとうございます。
花てぼ
2012/03/27 12:44
子の一人立ち。厳しさのわかっている道だけに、感慨も一入でしよう。父が師匠も兼ねられるとは、すばらしいことです。
志村建世
2012/03/27 23:53
皆さま。コメント、そして激励、お祝のお言葉を有難うございます。皆さまのお声や念が弟子に届くことを信じて疑いません。
親子共々、いつも本番と精進してまいります。合掌

市堀
2012/03/28 11:38
 万感迫るものを感じます。
玉宗様には哀しみは無いようにも思えます。
一回りも二回りも大きく成長して、お戻りになるご子息が浮かびます。
背負い切れない挫折に苦しむことがないことを、心から望みます。
 私の処には挫折続きの青年が一人います。
どうして?何故なのと問いかけたい気持ちはありますが、挫折の只中に居りますので、問い詰めは致しません。正直なところ私も辛いです。
傍からみたら、まあまあの大学に二度入り直し、そうして二度とも退学しました。
母親が私の長女ですが、此の娘にも色々宿縁があり、今はアルバイトを続けている息子を信じようとしながら、懸命に働いております。
 玉宗様のブログから、なにかと人生を考えるヒントを頂いておりますが、自分の進む方向がどうにも見つからない様子の、苦悩多い二十一歳の青年にどう向き合えばいいのでしょう。
即効の処方箋はないと思いながら、苦し紛れに書かせて頂きました。
 失礼な言葉はどうぞお許し下さい。
みどり
2012/03/28 15:47
みどり様。
いえいえ、そんなことはありません。倅を想ってもう二度ほど涙しましたことを告白します。(笑)
親の心子知らず、子の心親知らず。それでいいのではありませんでしょうか。互いの愛情を感じていない訳はありません。その愛情に応えようともがいているには違いなく、思い通りにならないこの世ではあります。
子は親に、親は子に、多くを求め過ぎているのかもしれませんね。
お子様は既に自立の道を歩き始めているのではありませんか。親の過干渉がそれを見えなくしているの感も知れません。
子供を信じてあげたいです。
自戒を込めて。
合掌
市堀
2012/03/29 07:36

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