再生への旅

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zoom RSS 雪割草の咲くころ

<<   作成日時 : 2012/03/29 04:13   >>

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海鳴りへ雪割草は耳澄まし 玉宗

五年前の三月二十五日、例年雪割草の咲く時季、能登半島地震に被災し興禅寺は全壊した。地震の次の朝は雪が降ったのを覚えている。倒壊した屋根瓦の上に春雪がうっすらと積もっていた。夫人と二人奇跡的に助かり、余震の続く中、非難した兼務寺の永福寺でまんじりともしない夜を過ごした。

お坊さんになってからも紆余曲折の絶えなかった私には、行き詰まりの果てに訪れた天の采配に半ば呆れた。それは絶望というには似合わない、妙にあっけらかんとした境涯であった。
執着を離れざるを得なかった。無一物の、やすらかな地平に出たかの如き思い。将来への展望があった訳ではないが、私がいてもいなくても、なんともない世界があり、そこが私の還る場所であることを実感していた。

分別の先、分別の手も足も出ない次元にある「死」を垣間見た震災体験。生き残ったのは「市堀玉宗」という、些細な、取るに足りない、そして、掛け替えのない命であることを実感させられた。私は私であって私でない。そのようにしか言い得ない、私性に拘ることの空しさと同時に、真実の私性に拘ることの大事さといったものも。人生には煩悩と覚醒との微妙な匙加減があることを知った。痛い目を合わせた現実に教えられたということだろうか。諸行無常の人生、もっと丁寧に、真実無私な生き方をしなければ同じ過ちを繰り返すだろう。

生きている私とは善くも悪しくも、何物にも染まらない可能性としての存在であり、可能性を生きる事、それこそが人生の意義であり、醍醐味であることをうっすらと再確認し始めていた。どんな愚か者でも生きて行く特権がある。私を絶対否定し、絶対肯定できるものは、私というものを遥かに超えてやってくる無私なるもののみである。人生の紆余曲折や被災体験は私にそのような展望を教えてくれた。

そんな私にとって、再建への道程は新鮮であった。雪割草を境内に植えようと思い立ったのは伽藍の再建がなって間もなくのこと。雪割草は忘れられない花になっていた。知人の手を借りて三百株ほどの苗を植えた。次の年には百株程が花を咲かせた。年々少なくなり、今年は寒い日が長く続いたこともあってか、十株にも満たない有り様である。地植えは環境に適応できず朽ち果てていくことが多いという。咲いた花も小粒になった。雪解風に揺れて、ひそやかに、ひたすらに花を咲かせている無私なる様は泣いているかのごとくである。

震災から学んだことを忘れ、花の命を愛でるべき、生きることへの新鮮さ、真剣さ、謙虚さが欠けてきているのではないかと反省させられている私である。雪割草のためにも豊かな土壌を作ってやりたい。




被災せり雪割草の咲くころを

人恋へば雪割草に風集ひ

我が為に咲くとも見えて洲浜草

沖に屍風湧くところ洲浜草

別れ来て雪割草に屈むかな






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
石段にあるべくやうに春の猫   よし
yoshiyoshi
2012/03/29 07:52
yoshiyoshi様。
言われてみればそうなんでしょうね。「^^:

市堀
2012/04/01 07:23

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