再生への旅

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zoom RSS 桜に想う

<<   作成日時 : 2012/04/11 04:47   >>

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晴々と命冷えゆく桜かな 玉宗


桜には人間の声なき声が聞こえている。 
人の魂に通じているのではないかと思われる節がある。私は何度、桜の花の下に立ち仰ぎ、心和み、癒され、希望を抱き、そして絶望したことだろうか。幾度、来し方行く末に思いを馳せて来たことだろうか。生まれ変わり死に代わり、人は花の美しさに感嘆し、或いは嗟嘆し、言葉少なに桜の周りを歩いている。まるで巡礼のように。

紆余曲折の半生があった。
思い出さずにはいられないことがある。忘れてしまいたいことがある。生きている切なさ、危うさ、不安、或いは、なんともなさ、有難さ、辛さ、楽しさというものがある。過ぎてしまえば愛憎さえみな懐かしい。我がことが他人事のように懐かしい。自分を赦して上げよう。そんな気持ちにさせてくれる。如何にいわんや他人をや。人は桜の下で油断している。

人生の折節に桜があった。
振り返ればすべてが夢のように果敢無い。否、夢もうつつも同じことのようにさえ見えてくる。人の卑小さや尊厳が見えて来る。私がいてもいなくてもなんともない平安。桜はそれを知っていながら黙ってそこに咲いていた。強かな木なのかもしれない。懐かしい魂の故郷への一里塚。

桜には「生」の生臭さがある。そして、「死」の匂いもする。
桜の木は生きものたちを引き寄せるが、そこには妖しい光りと闇が漂っている。翳りある花の明るさ。華やかさと素朴さ。絶頂と奈落。人は桜の木の下で人生を問い直さざるを得ない。

桜には諸行無常の風情がある。




「桜下逍遥」


花になほ遺るいのちの冷えならめ

花の夜枕に貌を埋めては

訣別を決めかねてゐる朝桜

人殺す吾かもしれず花に酔ふ

墨染の袖に舞い込む花吹雪

人を恋ひ人を厭うて花に合ふ

花の幹骸を撫づる心地せり







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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
愛憎は生死と似たり桜散る  よし
yoshiyoshi
2012/04/11 06:36
特に好きな三句

訣別を決めかねてゐる朝桜

人殺す吾かもしれず花に酔ふ

人を恋ひ人を厭うて花に合ふ
遊子
2012/04/11 08:42
梶井基次郎テキな桜想うの記にナットク頻りです。
あと何回この世で花見ができるのか、
今年もまた諸行無常の魔物に魅入らせられております。
たんと
2012/04/11 21:22
桜。
いつの頃からか、特別な存在になっています。大学生だった頃。学年が上がり後輩が増えると共に、限られた学生生活の減り具合を実感する春。先輩としてどうありたいのか。残りの学生生活で何をしたい、すべきなのか。当時は本気で考えて、日々、一生懸命でした。決意新たにする。それが桜と一緒でした。
今も、ずっと名残っており、桜が咲くと花見に出掛け、今年はどういう1年にしようかと、考えます。時には泣き桜、時には笑い桜。美しく感じたり、切なく感じたり、色んな姿に見えるのは気のせいでしょうか…。
しぃ
2012/04/11 23:39
yoshiyoshi樣。
生き死にの似たりよったり花が咲いたり散ったり。

遊子樣。
まあ、桜ですから類句が山ほどありますぞ。他に云わないように・・(笑)

たんと様。
梶井基次郎テキ、ですか。よく知らないんですよね。梶井さんのこと。檸檬を書いた人でしたっけ?
私の散文も類相があります。というか、知らぬ間の剽窃っていうんですか・・・(^^;

しぃ様。
気の所為です。
それもこれも、あれもどれも、みんな私の世界のことです。
天も地も、お手並み拝見と見守っていますよ。
頑張ってください!
合掌
市堀
2012/04/12 08:14

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