再生への旅

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zoom RSS 春の息吹・命の面目

<<   作成日時 : 2012/04/14 04:05   >>

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春風に唆されしだけのこと 玉宗

お寺の桜も一気に蕾が膨らんできた。開花ももうすぐであろう。
ブログを辿ると昨年は4月7日が興禅寺の桜開花日であった。やはり今年は寒かったのだ。大雪と云うほどではなかったが、いつまでもズルズルと寒気が居座っていたという感がある。他県ではすでに落花の始まっているところもあるのだろう。日本列島も狭いようで、広い、というか長い。生まれ故郷の北海道ではまだ根雪が残っているだろう。桜の開花など確か、例年5月に入ってからではなかっただろうか。生地には二十代前半まで住んでいたので、内地で生きるようになってからの年月の方が長くなってしまった。北海道の春の様子も記憶が朧である。若いころは自然の移り変わりに目も心も興味がないことはなかっただろうが、人生を経るに随って、季節の運行や自然の潤いに強く心動かされるようになった事は確かである。

北陸に住まうようになって三十年ほど。いつの間にか春の待ち遠しさ、そして到来した折の幸福感を味わうようになった。春は生物の躍動し始める季節。今年も又、一木一草の芽吹きは勿論のこと、初音や初蛙を耳にし、初蝶も目にした。田舎の良さは、自然と共に生きている人間であることを感動と共に実感できる点が一つ上げられよう。人間の命もまた向日的なものであることを肯えるのはこんなときである。春の日差しを受けているだけで、生きていてよかったと体自体が反応している様なところがある。

永平開祖道元禅師の御道歌に「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪 さえて すずしかりけり」というのがある。お題は確か『本来の面目』ではなかったか。「形見とて何かのこさむ春は花山ほととぎす秋はもみぢ葉」これは良寛様のお歌。春には春の趣向、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の趣向がある。人としての生き方を自然に倣うという日本古来の人生観が仏道にもスライドしている。執着なく、あるがままに生きることの外に仏道の面目もないと思いたい。

私は人間の命は、思考とか理解を司る頭の世界だけで展開しているとは捉えていない。私の知、不知を越えて命は云為しているだろう。息をしている「今ここの端的」に承当する。そこには矛盾を越えた命の実際が展開している筈である。生きている今の事実、それを人間力、矛盾力、応用力、適応力と言い換えても良いだろうし、そのような代物を全部ひっくるめて仮に「私」と呼んでいるに過ぎない。理と事、虚と実、内と外、表裏、生死、二見のどちらかに偏ることのない、一体としての人間性を培っていきたいと思っている。






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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
例年なら今頃の残雪は、2、3センチですが
未だに家の周りは40センチほど有ります。

暇を見て雪割をしていますので
みるみるうちに雪嵩が減りました。

雪の中から牡丹の芽が顔を出していました。
道南と雪の量は違いますが・・
道北は、冬の厳しく長かったぶん 春が一層待ちどうしいのは、花も人も同じです。
たか子
2012/04/14 09:51
溜息はぼとりと重き八重桜  よし
yoshiyoshi
2012/04/15 06:40
たか子様。
北海道の春は一時にやってくるんでしたね。桜、梅。躑躅。一気に咲きだすような感じ。
やはり、雪はまだあるのですね。たか子さんは道北でしたか。私の歩いた北限は札幌まででした。(笑)
暖かくなるのが楽しみですね。
お大事に。

よし様。
八重がもう咲いていますか・・・溜息が出ますね。(^^;

市堀
2012/04/15 21:55

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