再生への旅

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<<   作成日時 : 2012/04/05 03:17   >>

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春の水光りを透かし流れけり 玉宗

全国的に予想外の被害を齎し、死者も出した「爆弾低気圧」。
昼から風も治まると思ったが、そうでもなかった。箒をもって外に出たものの、落葉や木屑が風に浚われてしまい満足に掃き作務ができなかった。途中であきらめて中に戻った。夫人は明日まで留守をしており、おちゃらける相手もいない。倅もいない。つまらないと言えば死にたくなるほどつまらない。

ところで、僧堂では4と9の付く日を「四九日・しくにち」と呼称して、比較的自由時間が割り当てられることになっている。自由時間といっても遊んだり、ぐうたら過ごせるという訳もなく、髪を剃ったり、洗濯をしたり、風呂に入ったり、身の回りの清掃や整理整頓に充てられる。通常、朝晩の坐禅をしない。

昨日は新到の倅にとって初めてといってよい「四九日」であろうが、そんな自由時間もあっという間に過ぎてしまうに違いない。つまらない、などと言っても、感じてもいられない。(思えば幸いなことだ)
新米として時間に追われているうちはまだいい。人生は時間が自己の手に委ねられるようになってからの力量こそが問われるのである。それはお坊さんとて同じこと。

小人閑居して不善を為すと云われる。不善とは自己の命を持て余すこと。本来の面目を忘れて先走ったり、後追いしたりしている日常底の様子であろう。以前から一人になると、何かせねばなりません、といった強迫観念が湧くことが多かった私だが、弟子が修行に上り、彼に恥ずかしくないようにしなければと思うようになった。一人の時間を慎み、大切に生きなければと自戒を新たにしている。余計なことをせず、自己の実相に親しむこと。命ひたすら今にあり。仏家の善悪は命の絶対性の上での話である。それを実践出来なくて、どうして弟子に師匠面が出来るだろう。

ということで、俳句の締め切り原稿も送ったし、寺報も出来上がりひと段落。午後からはひとりで坐禅をして過ごしていた。





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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
どこまでも白子干されて海の音   よし
yoshiyoshi
2012/04/05 08:13
4と9の日
・・・月に6日の休日ですね。
貴重に使わないといけませんね。
湘次
2012/04/05 08:41
yoshiyoshi様。
ん〜、海の匂いがしてきます。

湘次様。
修行も又、緩急よろしくということで。(^^;
市堀
2012/04/07 20:45

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