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zoom RSS 親ばか大作戦・その3「親譲り?」

<<   作成日時 : 2012/05/11 04:07   >>

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雛罌粟に吹く風父といふ不在 玉宗

総持寺祖院には「能山」という機関紙がある。その最新号に今春上山した新到さんの自己紹介記事が載っていたので、ご披露する。

「上山して」  鐘司水頭浄頭  市堀孝宗

「 總持寺祖院の門を叩いてから五日。旦過寮暮らし、御開山拝登、相見の拝、及び入堂の拝を経て、新到の身となりました。右も左もわからぬ未熟者のために、短くも過ごした日々の間に、古参の方々にご指導の時間を割いて頂きました。間断無く未知の経験が続きながらも、その様なご恩を感じる学びがある事は得がたく感謝も尽きません。
 正法眼蔵随聞記の第一章七節にて、道元禅師は竜門を例えに禅僧の儀式を説いている。曰く、「見も同じ身ながら、忽に竜と成るなり。・・」とある。
私は平成十五年に得度をしましたが、実直に申して、訳がわからず式中に涙してしまいました。あれから上山までの年月、うわべは仏弟子でしたが、学道を怠った由縁の現状であります。
しかしながら、四六時中修行の今、今昔の相違は明らかであります。一日の大半が作務になりますが、最近ではこれも禅僧三昧の一片だろうと思えてきました。徹頭徹尾禅僧になりきること、一日の覚醒から開枕までを、一切知覚することが初歩の悟りなのかも知れません。などと悟りすました顔で申しても笑い者になるだけですが、ともかく今は考え事をする瞬間さえ惜しいほど、暗記事項が山積みです。ひとまず、メモ帳に増え続けるカタカナ語を何とかします。」

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以上であるが・・・ん〜、微妙な空気が流れますなあ。顔と性格は母親に瓜二つであるが、文章力と現状把握は父親譲りの融通の利かなさと馬鹿正直さと強引なところが垣間見られる。そして、泣き虫。「メモ帳にカタカナ云々」は俳諧のサービス精神に通じるところがあるし・・。彼は宗門の大学へは進まず私立の外国語大学を選択した。禅仏教のいろはも存知していないと言ってよい。彼の言う通り、右も左も解らないのだ。二十二年間、私と言う実物(本物か偽物かはおいて)と共に生きて来たという実績しかないと言ってよい。

何も理屈が解らない、ということがなんとか今のところ修行に耐えられている理由なのかもしれないと思っている。仏道に堪え得る器は空っぽになれるかどうかで決まると言ってよい。

それにしても、いつの間に、このような事が言えるようになったのかと、夫人共々、片腹痛いやら、恥ずかしいやら、可笑しいやら、嬉しいやら、嬉しいやら・・・泣きたいほどである。

さて、この先どうなることやら。今日までそうであったように、これからもいつも正念場である。初心忘れず、初心の中で弁道し、初心の中で生まれ変わってほしい。仏道の歩みを止めないためには、何かを付け足したり背負ったりしてはならない。自己を忘ずること、無一物が最大の強みなのである。親ばか師匠はそれを一途に祈っている次第である。





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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
親父さんに良く似た文章で驚きました。

雨止んで可笑しくないに鷭笑ふ  よし
yoshiyoshi
2012/05/11 05:32
 孝宗さん、すばらしいです。お父様のDNAを受け継がれましたね(笑)昨日、隣町のお寺さんに嫁いだいとこ(80代)が亡くなりました。孝宗さんの年代の方も3名くらいいました。ご子息を重ねてみてしまいました。お坊さん方10名の群読?はすばらしかったです。今日は火葬、明後日が本葬なので地の底からわき上がるようなお経をまた聴くことができます。 合掌
くろちゃん
2012/05/11 06:27
おはようございます

いつも身近に法話をいただくつもりで拝見しています。

今週初め、90歳の父が他界いたしました。厳しく頑固な父で、息子や娘の手助けも拒んで独力での生活を貫いた父でした。

火葬の際のことですが、7年前主人を送ったときは後でなぜ「燃してしまったんだろう」という自分でも理屈のわからない思いにとりつかれてずいぶん悩んでまいりました。
そしてこの度、父を送ろうとしたとき、私の中に「私も死んだら燃やされて灰になるんだ」という覚悟のような、そんな思いができあがっているのに気づきました。
同時に、主人に対しても仏様としてしまうのを拒んでいる感情がこれから変わっていくような気がしています。

父は「老衰」ということでした。私が今亡くなっても誰も「老衰」とは言ってくれないと思います。「老衰」と言ってもらえるぐらいまで、毎日の命を疎かすることなく過ごしていきたいと今感じています。

これからもよろしくお願い致します。

コメントとして不適切かもしれません。そのときは削除していただいて結構でございます。

               合掌
kingyo
2012/05/11 08:44
神います 御蔭(みあれ)の杜に いにしえの
しらべ奏さば あおばそよふく

おめでとうございます。
貧女の一灯
2012/05/11 09:14
こんばんは。
ご子息、お元気そうで良かったですね。
それにしても しっかりした文章には玉宗さんではないかと、、、
まさか代わりに書いたのではないでしょうね。なんちゃって!!
食い入るように読んでるお二方が見えるようです。少し、安心されましたか?
ルフレママ
2012/05/11 22:09
yoshiyoshi様。
いやあ、なんか、くすぐったいですな。(^^」

kingyo様。
そうなんですよね。私もある日突然、亡くなっている冥界の方が賑やかなことに気付いたものでした。生きている人間より、亡くなって行った者の方が圧倒的に多いのです。命が生と死が不可分であることを今更ながらに実感する毎日です。
ご冥福を祈ります。お大事に。合掌

くろちゃん様。
お経の有難味を解って下さる方が居ることはどんなにお坊さんにとって嬉しいことでしょう。地から湧くような御経を誦めるように精進します。

ルフレママ様。
五割ほど安心しました。
まあ、あとは体力ですかね。心配の種には事欠きません。これもまた親ばかの所以ですね。
ありがとうございます。
合掌
市堀
2012/05/12 17:57

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