再生への旅

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zoom RSS 今日の諸行無常・幼馴染との再会

<<   作成日時 : 2012/06/23 04:11   >>

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これ以上背伸びはできず立葵 玉宗

梅雨の晴れ間を授かった昨日の朝、いつものように勤行を済ませ、畑を見回り、夫人が朝餉の支度をしている間に、自転車で4キロ程先の港まで走った。興禅寺恒例早朝自転車吟行である。

門前町鹿磯港は昔は北前船も立ち寄ったであろう古い港である。平成に入って間もなく、中国だか半島だかの密航者が上陸したことで全国ニュースになったことがある。その後、拡張工事や護岸整備などを経て、大型船団が寄港できるようになった。全国の烏賊釣り船団が寄港し、この港を拠点に日本海沖での烏賊釣り操業、そして水揚げが可能となった。一ヶ月ほど滞在し、操業を北上させていくらしい。

以前からこの鹿磯港に北海道の船団が入っていることは知っていた。私の生れ故郷である函館市からの船も数隻碇泊している。凾館市と言ったが「茅部郡南茅部町」というのが合併編入前の自治体の町名である。その「茅部(かやべ)の船がはいっていませんか?」と毎年のように聞いていたのだがこれまで巡り合うことはなかった。

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昨日、自転車吟行で気まぐれに立ち寄ったところ、いつになく水揚げや停泊中の船が多い。先ず、水揚げ場の岸壁へ行ってみる。顔見知りの地元組合長さんが声を掛けてくれた。

「お〜い、烏賊持って行きなよ」

「せっかくだけど、自転車だし、無理だなあ。今日は遠慮して置きます。ありがとう。」

次は反対側の水揚げを済ませた船が碇泊している岸壁へ移ってみた。
十隻ほど碇泊している。艫や舳先を見ると「凾館」「青森」といった字が見えた。烏賊釣り漁は夜の操業であり、朝に帰港し、水揚げした後は食事を摂り、体を休めているのが通例である。デッキには人影がなかった。引き返そうと歩き始めて、何気なく目をやると、船内で食事をしている四五人の姿が見えた。声を掛けてみる。

「どちらからですか?」
「凾館だよ」
「函館の・・・」
「茅部っていうんだけど・・わがねべな、ははは」
「分かるよ。おれも茅部出身だから、茅部のどこさ・・」
「木直(きなおし)だけど・・・」
「あんた名前は・・」
「三谷だけど・・」
「おれ、山中だよ」
「あれっ、勇かよ!」
「健一か!?」
「んだ!」

といったようなローカルな会話が交わされ、幼馴染であることが判明したのである。四十年振りに再会したのだが分かってみれば確かに昔の面影が残っている彼の顔である。人間の心理とはいい加減なもので、判明する前は「なんか、めんどくさそうな親爺だな・・・」といったような偏見がウロチョロしていたのだが、分かってみると気心知れた昔に戻って、無防備になる。家族の事、友達の事、仕事の事などを矢継ぎ早に会話する。今月末まで輪島に留まり、その後北上して行くのだと云う。日を改めてまた立ち寄ることにした。今度は陸の手土産を持ってくることを約束して別れた。

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毎年港まで足を伸ばしては故郷の船を探し、もしかして知っている人がいないかと見廻っていたのだが、これまで巡り合うことはなかった。昨日は期待もなく偶然立ち寄ったのである。そのような日に幼馴染に再会することができた。あの、少し不思議な嬉しさは何だろう。
然し、話しているうちに四十年という時間の流れが否が応にも見えて来る。「巡り合い」とは私の都合や欲望の遥か彼方からやってくる贈り物のようでもある。こういうことが人生にはあるから面白い、そしてなんだか切ない。

故郷を恋う心。それは何なのだろうと改めて思う。私は生れ故郷を出た人間である。故郷で生きた倍以上の年月を他国で過ごしている。住めば都ではあるが、それでも臍の緒のように故郷とは繋がっている。切れているが繋がっている。
確かに越えることができない時間の壁、空間の壁がある。諸行無常の壁がある。然し、それは今の私を生かさしめている壁でもある。有ると云えば有るし、無いと云えば無い。壁もまたいのちの様子である。故郷を恋う心、それはもしかしたら、故郷を出なければならなかった私の中に残る心の壁を越えようとする無謀な試みであるのかもしれない。









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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
天辺をひとつ残して立葵  よし
yoshiyoshi
2012/06/23 04:40
おはようございます。
良かったですね!
こんなことが実際に起きるのですね。
私も誰かに会うかもしれない(笑)
ダイエットは続けておこう・・・・・

昨日は遠回りして初めての道を歩いたら
真っ赤に熟れたスグリに遭遇しました。
その家の方が挿し木にするようにと1枝切って
持たせて下さいましたよ。
いらくさ
2012/06/23 04:49
フローレンスからボナセーラ
良いお話ですね。人間してる甲斐があるというもの?だなぁ等と思いました。摩訶不思議なり。 
Florentia55
2012/06/23 07:50
玉宗さま、yoshiyoshi さま、いらくささま、おはようございます。夫が朝早くに出かけましたので私も早く起きていました。
このお話、切ない部分よくわかります。住む環境が変わってしまえば話すことも何かぎこちなくなったりもすることでしょう。
又近いうちにその方に会えるのですね。陸のお土産って何でしょう?楽しみです。
花てぼ
2012/06/23 08:30
「臍の緒のように故郷とは繋がっている。切れているが繋がっている。」
車で小一時間のところが故郷、先祖の墓もあります。年に4,5回の墓参に行くだけです。何となく後ろめたい気がしております。
加藤 宙
2012/06/23 11:05
yoshiyoshi樣。
立葵、目につくようになりましたね。

いらくさ様。
新鮮な出会いに目を瞑って生きているのではないかと思うことがあります。

Florentia55樣。
浦島太郎って哀しい童話ですね。そんなことを思ったりしました。

花てぼ様。
地元のお菓子を持って又、出掛けましたよ。喜んでくれました。

加藤 宙樣。
年に4,5回とは立派なものです。無理をしないで自然態で良いのではないでしょうか。
市堀
2012/06/25 11:58
質問です。
「掠めたる如く桑の実食うべかり 」の句について。
食ふべかり と言われる時の感じはどのような気持ちを表しているのでしょうか。

http://members2.jcom.home.ne.jp/nishikawaw/turedure29.pdf#search=でべかりでは言い切れないという事を見つけてべかりで言い切る俳句を作っていいのかどうかでも迷っています。

深見けん二さんの桜の句にべかりで終わっている物があり、余計に迷っています。
こっこ
2012/06/29 09:30
こっこ樣。
明日、7月1日のブログでお答えさせて戴きます。ご指摘ありがとうございました。合掌
市堀
2012/06/30 20:09

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