再生への旅

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zoom RSS 充実した二人坐禅会

<<   作成日時 : 2012/06/24 03:43   >>

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木になれずいたどりの花高きかな 玉宗

昨日は永福寺坐禅会だった。参禅者と二人で坐禅二回と勉強会。「普勧坐禅儀」の序分と云われる箇所を解説をした。
「普勧坐禅儀」は普く坐禅の儀則を天下に勧める、といったところ。嘉禄三年(1227)、入宋修行を終えて帰国した道元禅師による帰朝第一声の書である。 具体的な坐禅の仕方と宗旨について述べており、四六駢儷体の漢文で書かれている。帰国直後に書かれたため、実質的な道元の立宗宣言の書ともいわれている。坐禅会ではよく声を出して誦まれる。誦んでいるだけで仏道者としての志意気が高揚してくるようなところがある。

「原るに夫れ、道本圓通争か修証を叚らん。宗乗自在何ぞ功夫を費やさん。況んや全體迥かに塵埃を出ず。孰か拂拭の手段を信ぜん。大都當處を離れず豈に修行の脚頭を用うるものならんや。然ども毫氂も差あれば天地懸に隔たり、違順纔かに起れば紛然として心を失す。直饒い會に誇り悟に豊かにして瞥地の智通を得、道を得、心を明めて衝天の志気を挙し、入頭の邊量を逍遥すと雖も幾ど出身の活路を虧闕す。

矧んや彼の祇園の生知たる、端坐六年の蹤跡見つ可し。 少林の心印を伝うる、面壁九歳の声名尚聞こゆ。 古聖既に然り。今人盍ぞ弁ぜざる。以に須らく言を尋ね語を逐うの解行を休すべし。須らく回光返照の退歩を学すべし。 身心自然に脱落して、本来の面目現前せん。 恁麼の事を得んと欲せば、急に恁麼の事を務めよ。」
  <以上、序分まで>

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「本来仏である自己が成仏するとはどういうことか?!」という大疑団に対する「眼横鼻直」の宗旨がここに宣言されていると云ってもよかろう。仏道の真相が明かされているということでもある。

嘉禄三年(1227)と云えば、禅師が二十七、八歳の頃か。一宗を立てる御方というものは流石に凄い。二十代半ばで道を自得し、三十歳前にしてこのような大志を天下に公言するのだから。そのような宗門の淵源に原石の如く輝き続ける高祖様ではあるが、高所に奉るだけではなく、仏道を志す我々一人一人に語り掛けていることを忘れてはならないだろう。禅師が示される坐禅の儀を人人分上のわが身わが心に引きつけ、引受けるのに何の遠慮もいらない。

毀誉褒貶の埒外にいてぶれない自己を求め、還り、親しみ、落ち着く。いのち真っ直ぐ生きる。その姿勢が坐禅の姿勢でもあり、その様な坐禅の儀則がそのままいのち真っ直ぐに生きることを後押しし、引っ張ってくれる。参禅は偏ったマインドコントロールでも物見遊山でもセラピーでも御利益頂戴でもない。自己の命を自己が引き受けろと云っている。銘々のいのちの話である。生きることへの真摯にして、全うな自問自答がなければ万行も虚しいというものだ。調御丈夫の漢でなければ務まらない。たった一人の同行者でも十二分に参禅の目的を叶えているのだという自負が私にはある。換言すれば「坐禅・参禅」が私の信仰であるということでもある。わが坐禅会は今のところ参加者が一人ではあるが、「坐禅の儀」がそのまま「参禅の儀」であることを念を押したことである。

元々、徒党を組むことを潔しとしないところがある。「一箇半箇」で結構です、という負け惜しみを高らかに公言したい。それが坐禅会を立ちあげた趣旨でもあった。




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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
フローレンスからボンセーラ
2人から3人とたくさんの参加されるようになるといいですね。良いお言葉を今日も頂きました。グラッチェ。
Florentia55
2012/06/24 04:17
何よりも手足を洗いビールにす  よし
yoshiyoshi
2012/06/24 07:23
昨日は坐禅会に参加させて頂きありがとうございました。
たいした思いなど無いままに参加させて頂きましたが、色々とわかり易く指導頂いてます。
又次の機会も宜しくお願いします。
yuuji
2012/06/24 20:02
Florentia55樣。
地道にやってまいります。合掌

yoshiyoshi樣。
何事も自分なりの作法があります。形って疎かならないものですね。ビールひとつにしても・・。

yuuji樣。
参禅が結果的に居士の日常に益になるものと信じていますし、そのような方向へ手助けできれば本望です。合掌
市堀
2012/06/25 12:01

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