再生への旅

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zoom RSS 不肖の弟子ということで・・・

<<   作成日時 : 2012/06/09 04:09   >>

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廓の灯裾野に安居したまへり 玉宗

法系の自慢話は犬も食わないこの世界であることを百も承知で記事にしよう。

私が板橋興宗禅師に得度して戴いたのは昭和56年である。当時は公職として大本山總持寺祖院の後堂職に就いて居られた。自坊は武生(現・越前市)の瑞洞院である。その瑞洞院で得度式を挙げ、初めての僧堂修行である新居浜の瑞応寺専門僧堂へ安居した。安居して半年ほどすると師匠が加賀大乗寺の住持職に就いたと人伝に聞いた。当時の私は駆け出し雲水で、名のある宗門寺院の歴史も格式も存知していなかったと言ってよい。その後、大乗寺は板橋禅師の下で「専門僧堂」の看板を再び掲げることとなる。私もほどなく師寮寺となる大乗寺へ帰単した。以後の大乗寺時代のハチャメチャ雲水ぶりは拙ブログでご紹介した通りである。

今から思うに、あの頃の私は出来損ないなりに苦悩していたのは間違いのないことである。私にしてみれば師匠が大乗寺という大寺の住職になることなど予想外のことであった。というか、そのような「肩書き」などどうでもよかったと言った方が本音である。それは今でも変わらない。その後も宗門最高位の「貫首」という公職に就かれることになるのだが、高位に就かれるたびに師匠が遠くの存在になって行く寂寥感を味わっていたものだった。

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得度。それはお坊さんの世界へ導いてくれたと言う事。私にしてみれば板橋興宗は「仏道の世界での生みの親」なのであった。出家とは私にはそれほどの進退極った世界だった。血は繋がっていないが私には仏道の世界での親子の情があったのである。我儘な言動の奥には理屈抜きの師匠へ対するそのような思慕があった。傍目には親の七光りを嵩に着た傍若無人ぶりに見えていたことであろう。「あの、馬鹿が良い気になって・・」というようなもの。「運がいいのも実力の内だ。」というもの。毀誉褒貶、或いは無視という様々な反応の中で不肖の弟子は生きていたのである。

それにしてもである、そのようなわが都合、思惑を含めて私が師匠を師匠たらしめる弟子でなかった事も又事実である。その辺は当初から弁えているつもりであった。自分で言うのも面映ゆいが、馬鹿息子というのは単純なもので、師匠の迷惑にならない様に生きて行かなければと無い知恵を絞っているものだ。然し、その顛末は悉く師匠の顔に泥を塗るような仕儀の連続であった。自業自得、足掻きのスパイラル。それもこれも仏道の何たるかを知らないことによるものだ。

仏弟子でありながら無為とは対極の愚かさの中で生きていた。そしてその挙句、師匠の影を三尺離れるどころか、有為の奥山を越えた所まで隔離されてしまったような観がある。今ではこれでいいとさえ思っている。私は板橋禅師に嗣法(まあ、言ってみれば免許皆伝)して戴けなかった。当然であろう。仏法は人情を越えている。越えなければならない。それが仏道の厳しさというものである。私は禅師様の法を受け継ぐような器ではなかったのである。

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さて、そのような自他共に認める「不肖の弟子」の私であるが、世に「馬鹿な息子ほど可愛い」という言葉があるように、板橋禅師にとっても私の存在はどうも、そのような代物らしく、未だに、何かにつけて声を掛け、気を配って下さる。能登半島地震に被災した折も、真っ先に安否の電話を下さり、再建の歩みを励まし、援助し、弁護して下さった。この辺が禅師様の懐の深さ、ご人徳の在り処であり、人間味のある仏道人たる所以であろうか、等と不肖の弟子は性懲りもなく手前勝手に喜んでいる始末。

生れかわり、死に変わりしても返せない法恩を被って今の私があることを、心にも、肉にも骨にも銘じて生きて行かねばならないことに変わりはない。そのような次第の板橋禅師と私の関係。今年はそんな師匠の師匠になる渡辺玄宗禅師五十回忌の年に当たる。法要の末席に坐らせて戴き、ご焼香を差し上げたいと願っている次第である。出来ることなら倅の孝宗と共に随喜出来れば法悦この上ない。頓首百拝







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コメント(3件)

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坊さまの大きな下駄よ雨安居   よし
yoshiyoshi
2012/06/09 08:12
そのような月日が流れて本日私がこのような素晴らしいお話を拝読する事が出来た次第です。感謝。
前後しますが フローレンスからボナセーラ。
Florentia55
2012/06/10 04:06
yoshiyoshi様。
確かに足が大きい。なんとかの大足?

Florentia55様。
まあ、へそ曲がりとも言うのですが。曲りなりに生きております。(^。^)

市堀
2012/06/11 15:27

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