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zoom RSS 宗教界の震災復旧を阻む政教分離の壁

<<   作成日時 : 2012/07/24 04:17   >>

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能登瓦大暑の鋼光りあり  玉宗


宗教情報センター研究員の活動の一部がレポートの形で公開されている。
2011/09/22では「宗教界の震災復旧を阻む政教分離の壁http://www.circam.jp/reports/02/detail/id=2009」といった内容である。

東日本大震災の被災者の中で、神社仏閣の再興が遅々として進んでいない状況が報告されている。「政教分離」が復興の壁になっているとは、一般の方々には俄かには合点がいかないのではなかろうか。個人であろうが法人であろうが、被災者には変わりないのであるが、震災義捐金を国なり自治体から付与されるのは基本的に個人に限られている。

お寺は公益性のある建造物であり、集会所的役割を担っている。然し、その実体は「檀信徒」という組合的組織の中での「公益」であり、且つ、その活動も「宗教的」なものである。住職や宮司の生活を維持する為だけの伽藍ではない。「宗教施設」とはそのような二重構造となっている。

平時はその「宗教性」にかんがみて、税法上の優遇措置が与えられている。それも全面的なものではない。ところが一旦震災などで全壊などになった場合、再建にあたっては自主再建が建前である。その自主の内容は前述の通り、住職と檀信徒との共同体といったものである。その檀信徒が今回は同様の被災者なのである。自主再建の要件が当初から欠落していると言ってよい。

宗教界もそれぞれ共同体の中での共済支援に乗り出しているようであるが、規模が大き過ぎて、一朝一夕にはいかないのが現状のようである。

廻り合わせとは微妙なもので、能登半島地震に被災し再建を果たした私であるが、東日本大地震の後であったなら再建できなかったであろうと思っている。自坊も公的援助というのは宗門からの共済的支援金ぐらいなものであり、それ以外の殆どは、住職が「宗教法人の代表者」として義捐金を募り、勧進托鉢して回って得た支援金の賜なのである。以前の伽藍より4割程小さくはなったが、なんとか再建できたのもその趣旨に賛同して下さった方々のお蔭である。当に「宗教的再建」を果たしたといった観が私にはある。それはある意味「政教分離」であったからこそ可能であったようにも見えて来る。「壁」はまた自己の生息域の防護壁でもある。そこでは手枷足枷がなかったのだ。

僭越なものいいではあるが、東日本大地震の被災寺院の方々には、どうかそのような「宗教的再建」の果たされんことを切に願って已まない。合掌






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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
お寺には蝉と風とがあれば良い  よし

このようなバチ当りをどうか許してねぇ。
yoshiyoshi
2012/07/24 07:24
なんということでしょう。心の拠り所として大切な場所がお寺では?自主再建とは負担が大きすぎますね。このような現状を初めて知り驚いております。人間にポチの心境です。
Florentia55
2012/07/24 08:06
yoshiyoshi樣。
まさにそれこそが宗教的再建!

Florentia55樣。
自主にもいろいろあるということでしょうね。
市堀
2012/07/25 20:03

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