再生への旅

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zoom RSS 俳句雑感

<<   作成日時 : 2012/07/03 04:23   >>

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羅にこころざはめく日なりけり 玉宗

俳句に手を染めて三十年近くになる。この間、俳句を引き摺り、俳句に引き摺られてきたようなものだが、最短定型詩が自己表現の一手段であることを疑ったことはない。勿論、それは私の作ったものが作品としてすぐれているか月並みかということと別問題であるが。ご覧の通りの、殆どは凡百の類想の山である。自己表現と簡単に言ってしまうが、その自己がお粗末であるならば、表現という手段・方便も私の身丈に添ったものであるに相違ない。

表現とは何かを感じ他者へ提示する事だ。俳句という感性による認識詩。日々、息を継いで過ごしてゆくように、俳句という最短定型詩は生まれてくる。息継ぎが浅ければ浅い、深ければ深い感応の世界がそこに表れるだろう。また、過ぎてしまった息が幻であったように、そして、前の息がなければ今がないように、俳句は古く新しく、空しいことがその身上でもあろう。いのちがそうであるように、ときに浅く、ときに深く、ときに新しく、ときにふるく。私のいのちに添った輝きを放つことが俳句の意義であってほしい。

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そして、作品に対する自他の評価が表現の洗練を招くように、私は表現することに謙虚であり、精進しなければならない。俳句は自己を偽る術ではない。そして、それはそのまま私が生きることに謙虚であり精進しなければならないことと同じ人生の実相である。表現も人生も、誤魔化しが効かない世界に居てこそ、洗練され普遍性を獲得することが出来るのだろう。

人様からみて私がどう評価されているか、私の俳句がどう受け取られているか。人の目を考慮しないということが、文芸というある意味の独りよがりの領域には欠かせない条件であることは言うまでもないが、然し、一方に、客観的な目というものも私の中に育てなければ危ういものになることも真実である。人生がそうであるように。目は内にも外にも向けられている。

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また、ある種の人達にとって文芸が軟弱な、遊びごと、風流ごと、無用のものに映っていることを否定はしない。私の中にもそのような故もない僻み、後ろめたさが意識に上ることがある。それは俳諧が本来、そのような世事を棚上げした者たちの賭け事のようなものであったことと無縁ではないだろう。現代は俳句が随分ともて囃され、権威さえ漂わせ、世の脚光を浴びている観がある。飯のタネにもならないものに浮き身を窶している様は、度し難くも目出度い風流人と揶揄される条件は十分に備えていよう。たかが文芸の真似ごとが自己の最後の砦と化している悲喜劇。

たかが俳句。そのようなものに恋して身も世もあらぬなどとは口惜しいことではある。自己を買いかぶらないに越したことはないが、されど俳句。浮き身を窶すほど恋したものでなければ味わえない人生の醍醐味というものがあるのも現実である。危うきに遊ぶのは俳諧も政治も経済も同じである。
俳句もまた文化である。せいぜい、身を破滅させぬようにしたいものではある。私の俳句はそのような塩梅の自己表現であってほしい。それで十分であると思っている。

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「近詠」

堰落つる水音絶えぬ籠枕

草影に控えし魂の息かとも

蝉生れ盲目の日々始まりぬ

白南風や仏弟子といふ無為徒食

海山に風の揉み合ふ半夏かな

北前の海も幻あいの風

鈴に吹く風の音色を仰ぐかな

帰らむか郷はじやが芋太る頃

涙目に蛍袋の灯が点る

遠峰に雲の湧く日ぞ魚簗作る







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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは
 やっと身が落ち着いてきました。
 俳句はもう少し精を入れてみます。
湘次
2012/07/03 20:45
叱責されたり励まされたり…。背筋を伸ばされました。昨夜、電子辞書で季語を調べておりました。「合本俳句歳時記」の中に 傷舐めてをれば脈打つ夏野かな を見つけ、嬉しくなりました。
加藤 宙
2012/07/04 07:41
買う度に我を離るる白き靴  よし

すんません、二度寝しちまって
永遠に覚めんでも良かったのにねぇ。(笑)
yoshiyoshi
2012/07/04 07:43
湘次様。
そうですか、あせらずに養生してください。

加藤 宙樣。
お恥ずかしいです。朝日俳壇の常連だったのですね。中々の実力とお見受けしました。

yoshiyoshiさま。
文台引き下ろせば即ち反古。後生大事にわが一句を持ち歩いているの図もおかしいことですね。
市堀
2012/07/05 11:40

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