再生への旅

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zoom RSS 人間らしさの向うに見えてくるもの

<<   作成日時 : 2012/07/27 04:09   >>

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蝉鳴くや昨日と似たる厨ごと 玉宗


兼務寺である永福寺(通称・鳳来堂)の脇侍佛、地蔵菩薩と如意輪観音は昔より霊験が信奉されてきており、特に毎月23日には地蔵尊縁日の逮夜法要を営んでいる。地元では今でも「ほうらいどうのお地蔵さん」を祀っている「ご祈祷寺」として知れ渡っている。
そのようなこともあり、時々人生相談を兼ねてご祈祷をしてほしいという方がお参りされることがある。というより、ご祈祷の趣旨や不安や気掛かりの源を辿っていくとそこには様々な人間模様の奥に潜んでいる普遍的にして可変的な人間らしさ、その煩悩の変体が垣間見えて来るのである。勿論、加持祈祷してお経や真言を唱え、御神籤を引くのだが、結果として相談者ご本人への人生アドバイスに時間を費やす事が多い。

先日もある夫人が来られて、実家に続く不幸や災難への厄祓いを頼み込まれた。長女になる依頼者の話しによれば、実家を継いだ弟が10年まえに亡くなり、50年前には実父も若くして亡くなっているとのこと。弟の死後、嫁に当たる奥さんは子供たちと共に家を出て、県外に家を立てて暮らしているという。今は九十歳を越えた母(嫁にとっては姑)が過疎の田舎でひとり暮らしをしていて、時々長女でもある依頼者が顔を出しては母の様子を見に出掛けているのだと云う。家を出た嫁は滅多に戻っていないらしい。今回、鳳来堂に来たのも、過去に起きた家族の不幸とお墓の管理と実母の老後を含めた実家の今後のことが心配になってのことだという。

話をよく聞いていくうち、依頼者の中に「嫁」に対する不信感があることに気づいた。弟の死や遺産分割にも未だ合点いかないものがあるらしい。そのようなことは自らあからさまには言わないのだが、言わず語らずにそのような思いが私に伝わって来た。
勤行の過ぎた後の語り合いの中で、私は依頼者に以下のようなことを述べた。

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「お母さんは今、どのような思いでいるのでしょうね。というか大事な事は、お母さんの今の様子をあなた自身がしっかりご覧になっていますか?それは家を出て行ったお嫁さんにも同じことが言えます。虚心坦懐に心と目を見開いてお話になったり傍に寄り添っていますか?お互いに今をまっすぐ生きることが大切なのではないでしょうかね。過去に起きたことの因果関係を探ったり、未来の為に不安の種を今に探し回るより、今のいのちの様子に真っ直ぐ向き合い生きる事の方が余程前向きな生き方ではないでしょうかね。

お母さんにも嫁に対する様々な思いがあるでしょう。お嫁さんにもお母さんや実家や貴方達親族への思いがあるでしょう。あなたがそうであるように。みなそれぞれに「思い」がないはずは無いのです。そして、どれもみんな本当のことです。思いに嘘偽りはありません。
先ず、この辺を受け入れなければなりません。その上で遠慮し、考慮し、熟慮しなければならないのは、人間というものが、それぞれに抱いている「思い」を「どのように表現」してよいのか迷っているという事実があるということ。みな一生懸命生きているには違いないのです。一生懸命生きながらも間違い迷うのが人間らしさというものではないでしょうか。

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「思い遣りの形」に迷うのが人間の相場と心得てもいいでしょう。お母さんはひとりで暮らしている現状にどのように向き合っているのでしょうね。不安や不満もあるでしょうが、ひとり暮らしの気楽さもあるでしょう。時々は実の娘である貴方も訪ねて来てくれるし、心通わない嫁に気兼ねして生きるより余程安らかに生きているのかもしれません。又、お嫁さんも実家のことを気に掛けていない筈もありません。子供にとっては祖母がいる故郷であることは親族に言われるまでもなく心得ているでしょう。それと共に母親としては子供達の将来を後押しして上げなければと云う責任感もあるに違いなく、そのような事も含めて彼女なりに家や家族の将来像を思案していることでしょう。

貴方の心配の種は解らないではありません。然し、心配の種など元からあるのではなく、それはそのまま安心の種ともなることを知ってほしいですね。「種そのもの」に「苦楽」も「心配」もありません。全部、あなたの世界の様子です。あなたの今の命の様子です。貴方が真に実家の安泰を願うのであれば、貴方自身の中にある「心配や不安や苦楽の種」を取り除くべきではないのでしょうかね。そのためにも、真っ直ぐ「実家や母親やお嫁さん」と向き合うことです。こころを開くことです。心を施す事です。言葉を掛ける事です。余程の人間でない限り、心開いている者へ恩を徒で返すようなことはしないと私は信じています。

人間らしさの向うにあるなんともなさに手を合わせて生きる。それが仏の方を向いて生きる信仰の在り方ではないでしょうか。どうか、ご自身の今の命をお大事になさってください。それがそのまま、お母さんやお嫁さんの生き方をも目覚めさせるに違いありません。」




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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
よく学び言い訳ばかり雲は立ち   よし
yoshiyoshi
2012/07/27 07:21
5年間相談活動に携わっていましたので、興味深く読ませていただきました。きっと以前は私達の身近に信頼できる方がいて、そこに相談していたのでしょうね。お坊さんもその一人だったのでしょう。僧籍にある方の揺るぐことのない視点からのアドバイスは、相談者の心に届くものとなります。<貴方自身の中にある「心配や不安や苦楽の種」を取り除くべきではないのでしょうかね>私だったら、相談者のお話を聴き続けながら最終的には、ご住職がお話になった上の言葉に気づかせる相談活動になるのかなと考えました。ありがとうございました。

2012/07/28 08:11
yoshiyoshi樣。
暑い、暑いと云いたくはありませんが、毎年同じことを口にしています。なにを学んでいるのかと思わないではありません。(−−)

宙樣。
先ず、相手の話をよく聞くことから始まりますね。

市堀
2012/07/30 14:52

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