再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 秋意逍遥

<<   作成日時 : 2012/08/16 04:35   >>

トラックバック 0 / コメント 6

画像


秋の山ひとめぐりして人を恕す 玉宗

お盆の棚経も無事終った。今年は弟子の孝宗が本格的に補助してくれたお蔭で肉体的にも気分的にも余裕を以ってお勤めする事が出来た。時折激しい雨模様となったこともあったが、終わってみれば夢のような三日間ではあった。盆が過ぎて、これからは雲や風に、そして人として思うことにも次第に秋色が濃くなっていくことであろう。

さて、私は法苑の末席に連なるおけらのようなお坊さんであることを自覚しているつもりである。僧としての失敗も挫折も後悔も絶望もあった。夢も希望も勝縁もあった。よくぞ今日までお坊さんとして生かさせてもらって来たものだ、と思わないではない。そのような紆余曲折の果てに今の私がある。人生は畢竟、なるようにしかならなかった。そのような生きてきた取り返しのつかなさの総量の果てに今がある。それは決して私の望んだ通りではないかもしれないが、少しは志を遂げたという思いもないわけではない。

それもこれも仏様に護られての、十年一日、千年一日のその日暮らし。私の僧としての力量も凡そ見えているが、死んでゆくときに、お坊さんであってよかったと思えるようにもう少し頑張ってみようと思っている。

弟子の修行の日々も始まったばかりである。これから先、様々な出会いや出来事があるだろう。僧として生きて行くことを選択したからには、お寺の為とか檀家の為とか、親の為といった縛りを越えたところで自己を深めてほしい。自己を研鑽してほしい。自己を高めてほしい。本末転倒してはならない。お坊さんとして自立出来ることこそが先決問題であることを誰に遠慮もなく究めてほしい。狭い世界で苦悩している暇はない。

人生は長いようで短い。短いようで長い。今を充実させて生きて行く以外に永遠に繋がる手立てはないものと肝に銘じてほしいものである。それは師匠である私の持戒でもあり、それ以外に彼に送る言葉が見つからない親でもある私の心境なのである。



「秋意逍遥」

素風いま何を思へと吹きつのる

世を捨てて世に捨てられて秋簾

酔芙蓉風が疲れてゐたりけり

水の面を走る色なき風ありぬ

コスモスの浮かぶやうにも咲いてをり

どこまでも夕陽の中を鳥渡る

稲雀少し重たく逃げ廻る

きちきちの怒りの力飛ぶ力

蚯蚓鳴く躓き易き私に

月光の巌に出て鳴くきりぎりす

だうしようおんぶにばつた日が暮れる










ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
虫の音のただ密やかに戻り来る  よし
yoshiyoshi
2012/08/16 07:50
おはようございます
お盆の棚経のお勤めご苦労さまでした。
湘次
2012/08/16 09:02
お盆の行事滞りなくお済みになって、また今年は愛弟子さまと共にお勤めなさった充実感を感じさせていただいています。
卑近な例で失礼ですが、最初の方の玉宗さまの文で、私の場合の朗読の会でどきどきしながらも発表し終えた、或いは書道作品を書き終えた時の気持ちに少し似ている(あまりにも違います!)ような気がしています。
花てぼ
2012/08/16 09:33
送り火。弟も次男も帰りました。「今を充実させて生きて行く以外に永遠に繋がる手立てはない」−秋の思いが深まります。

2012/08/16 15:01
皆さま。コメント有難うございます。
お蔭さまで、今年のお盆も無事修行する事が出来ました。有縁無縁の御魂に回向させて戴きました。合掌
市堀
2012/08/21 21:27
皆さま。コメント有難うございます。
お蔭さまで、今年のお盆も無事修行する事が出来ました。有縁無縁の御魂に回向させて戴きました。合掌
市堀
2012/08/21 21:27

コメントする help

ニックネーム
本 文
秋意逍遥 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる