再生への旅

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zoom RSS 残暑お見舞い申し上げます。

<<   作成日時 : 2012/08/21 05:04   >>

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秋はまだ見ぬ希望の如く暮れゆけり 玉宗

全国的に夏の暑さが尋常でなくなっていると指摘されている昨今。能登に暮らすようになって四半世紀以上になるが、残暑に慣れるまで10年は掛った。そのような中で昨日は一日夏野菜の畑整理をして汗を流した。輪島でも日中は33度まで上がったらしい。午前午後と作務から戻るたび汗びっしょりの作務衣を洗濯機へ抛り込んだ。シャワーを浴びるために裸で風呂場へ駆け込む私を垣間見て夫人の矢のような一言が後ろから突き刺さる。

「何を自慢したくて裸で走り回っているの、まったく!」


ところで昔、中国に洞山良价禅師と云う有名な和尚のもとにひとりの修行僧が問答を仕掛けた。

「寒暑到来如何が回避せん」

「何ぞ無寒暑の処に向かって去らざらんや」

「如何なるかこれ無寒暑の処」

「寒時は闍黎を寒殺し熱時は闍黎を熱殺す」


闍黎とは阿闍黎のことで僧位を表す言葉で、僧の尊称として用いられているそうだ。寒殺・熱殺の殺は語意の強調語で殺すと云う意味ではない。まあ、謂わば、寒いときは寒さと一体になり切り、暑い折は暑さと一体になり切る、といったところか。確かに、暑さ寒さを我慢していればなんともなくなることがある。暑い寒いが問題でなくなる。それにしても程度問題である。扇風機もエアコンもなかった頃の話ではあるが、昔から暑さ寒さに挫けそうになる私のようなお坊さんがいたのだろう。

今ほど地球温暖化も進んでいなかったにしろ、中国のことである。暑さ寒さも大陸ならではの半端なものでなかったのかもしれない。それにしても僧に対する洞山良价禅師の返答はまた木で鼻を括ったようなところがある。やせ我慢をしているような趣さえあるではないか。

否、そんな間の抜けた話ではない所が禅問答。
暑さ寒さに喩えて、修行者の今の生き方を問い、それに応じているのである。損得、苦楽、善悪、迷悟、生死の二見が二見ながらにあってなんともない。そのような生き方をしろと言っているのである。

それにしても予報ではまだしばらく厳しい残暑が続くようだ。それでも朝晩は寝苦しさから解放されつつあるのは有難い。暑さ寒さも彼岸まで、というより暑さ寒さがあるのが彼岸なのだろう。






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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
この頃和尚さんのブログ少し遅くなりましたか?
私が早く起きすぎるのかなぁ。

新涼や酒を残せる歳になる  よし
yoshiyoshi
2012/08/21 07:22
残暑お見舞い申し上げます。
お盆で主人の実家に帰ってた。
義母は昔「舅と姑」につらく当られた事をよく私に話す。(実の息子には話さないのはなぜだ。)
聞くたび何とも言ってあげられない。

もう死んだ人に対する恨みやマイナスの感情を、昇華する方法はないんだろうか?知らない?住職。
亡くなって何年もたつのにいまだに思い出して嫌な気持ちになるなんて、なんだか間違っていると思う。
舅の日記を義母はいまだに持っている。

義父のお盆の送り火で燃やしちゃえばと提案したが燃やさなかった。舅の娘たち、小姑にあげればとも言ったけどそれも嫌だったみたい。変だなあと思う。


滝の俳句、「さもありなん」がなんか一休さんみたいだと思った。あっ、住職は坊さんだからいいのかな。でも、やっぱりさもありなんが(ぶつぶつ

こっこ
2012/08/22 07:04
さもありなんじゃなかった。さも似たりだった。すみません、間違えて書きました。
こっこ
2012/08/22 09:22
こっこ樣。
残暑お見舞い申し上げます。
義母さまにはまさにこっこ樣に愚痴をこぼしていることが昇華する方法なんでしょうね。ここは一つ聞き役に徹して親孝行するべきですね。
辛く当った舅、姑も亡くなってしまえば義母さまには大事な仏様なのでしょうね。自分が供養しなければと考えていらっしゃるのではないでしょうか?いい、お話をありがとうございます。合掌
市堀
2012/08/22 19:31

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