再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS こんな生き方もあるかな・その2「貧しさに親しむ的な・・」

<<   作成日時 : 2012/08/22 04:12   >>

トラックバック 0 / コメント 3

画像


滝の前腹立たしさにさも似たり 玉宗

「学道の人は尤も貧なるべし」という道元禅師のお示しがある。
言うまでもなくここで言う「学道」は「学仏道」のことである。仏道修行者は豊かであってはならない。「貧」であるこそが「道」に親しむ要諦だというのである。貧しいながらも道を慕う者は、昔の賢人や後世の聖人が仰いで尊ぶところであり、仏祖や目に見えない世界の神たちの喜ばれるところであると礼讃しておられる。

「貧」とは何か?

先ず、ここに足ることを知らない、むさぼりの心に焼かれる人間がいることが問題なのである。我欲・執着の世界から眺めたならば物の多少が人生の価値を左右するが如く見えていることだろう。
物だけではない。名誉、地位、肩書き等を欲しがるのも人間の執着心の厄介なところである。裸で生まれてきた人間が、「権利」という妄想に苛まれ、いつの間にやら、手に負えぬほどの物心両面に及ぶ荷物を背負い生きている。

私自身も、能登半島地震に被災し、伽藍が全壊した折の落胆、失望ぶりは、物への執着がどんなに強いものであるかの裏返しであることを痛感したものだった。心の豊かさというものに思いが及ばないどころか、及ぼそうともしない日常ではなかったのかと反省させられた再生の日々でもあった。物の「豊かさ」一辺倒の人間には「道」に足を踏み入れる機会が失われるのが現実であろう。

執着するものは何であるか?執着するべきものはあるのかないのか?私に足らないものは何なのか?私になくてはならないものは何なのか?

画像


「そのもの」はそこにあるがままであり、貪ることも拘ることも僻むことも偉ぶることも必要としないほどの「貧」の極地である。あるがまま。眼横鼻直。真相は常に「貧」とか「豊」であるとかを超越して、只、かくのごとしである。私は私で天地いっぱい。あなたはあなたで天地いっぱい。お螻蛄はお螻蛄で天地いっぱい。ブタクサはブタクサで天地いっぱい。悪人は悪人で天地いっぱい。善人は善人で天地いっぱい。貧乏人は貧乏人で天地いっぱい。成り上がりは成り上がりで天地いっぱい。生は生で天地いっぱい。死は死で天地いっぱい。

本来「天地いっぱい」のいのちを生かされている私。わが物というものはあり得ない。私の都合で天地いっぱいの命をいきている訳ではない。私物化できるものはない、というのが存在の前提である。全て「公」にして「無心」なるものである。そうであるからこそ「私」がなければ全てが「自己」であるという道理がある。執着の仕様がない。「貧」が「道」に親しいのは、そのような存在そのものに真相に尤も近いからであろう。

画像


「仏道」とはなんであるか?

「仏道を学ぶ」とは自己の真の自立を習う生き方である。ものに引かれ、心に引かれ、生に引かれ、死に引かれ、様々な取捨選択に迷う人間。そのような窮屈な人間らしさを棚上げして真に自在な、拘りのない世界に生きることはできないのか?縄なくして自ら縛り上げるような愚さをしている私の日常。勝ち負けというありもしない妄想で自己を嵩上げし、自己を宙に浮かせている愚かさ。「仏道」はそれを已めないか、というのである。「足りている」ことを学ぶ覚悟がなければならない。「知足」とは決して消極的な、自己撞着的な生き方ではない。「貧しさ」に親しんで得るものが確かにある。「貧しさ」に学んで輝く「素なるいのち」がある。






ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
まだ暗き夜明の路に虫の声   よし
yoshiyoshi
2012/08/22 04:17

龍神の両神山に白露かな 金子兜太
青銅の群肝白露賑わえり 金子兜太

今ね、兼題で「白露」を出されて、うんうん唸りながら考えてる。そうしたらこの句を見つけてね、が〜〜んってなった。すごいなあと思った。私にはわからん俳句もたくさん作っているけれど金子さんってすごいな。びっくりしたよ。住職。



こっこ
2012/08/22 09:31
yoshiyoshi樣。
虫の声が耳につくようになりましたね。(^^)

こっこ樣。
両神山は秩父ですね。産土への挨拶句ですね。青銅の句は初めて見ました。「青銅の群肝」という感性も凄いですが、「白露賑わえり」というのも氏の肉体感覚を彷彿とさせますね。
市堀
2012/08/22 19:40

コメントする help

ニックネーム
本 文
こんな生き方もあるかな・その2「貧しさに親しむ的な・・」 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる