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zoom RSS 東日本大震災から一年半、命輝くとき

<<   作成日時 : 2012/09/11 05:00   >>

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胸にひらく露草ほどの美しきもの 玉宗


東日本大地震から半年、未だに二千八百人を越える行方不明者がおり、身元判明のために懸命に捜査活動を続けている警察関係者と被災者でもある遺族たちの日常がNHKのクローズアップ現代で放映されていた。今現在も世界中には災害に遭い、行き詰り、明日への展望も開けぬ日々を過ごしている人達が多くいる。愛するものを失くし、その鎮魂さえも満足に叶えられていない人達がいる。彼らに私は何をしてあげれるのかと問うとき、その余りにも無力な自分であることに暗澹たる気持ちにさえなる。畢竟、祈ることしか私には出来ないのかもしれない。

人生でもっとも輝かしい時は

いわゆる栄光の時でなく

落胆や絶望の中で

人生への挑戦と未来への完遂の展望が

わき上がるのを感じたときだ


フローレンス・ナイチンゲールの言葉だそうである。

生きている命の輝きというものがある。それは人生での成功のとき、栄光の時こそが最も輝いていると我々は捉えている。然し、実際は有頂天の幻影に眼を晦ましているのかもしれない。静かに省みれば、人生の毀誉褒貶や苦楽幸不幸に関わらない平常底の中で、いつも燻し銀のように、燠のように、灯のように何気なく当たり前のように、当人にさえも顧みられず輝いている命を戴いている事実がある。

明日を生きる可能性が見えていてこそ、今を生きている充実感があり、生き甲斐ともなるのが生身の人間である。死という未来さえそのような明るい可能性であったならばどんなに人類は平安な事だろうと思わないではない。そうではあるが、現実とは非情で容赦のないものである。然しながら、私の都合を離れた容赦のない現実ならばこその命であることも避けられない事実である。

命の灯、それは人生の落胆や絶望といった闇の中でこそ気づくというギャップがあるのかもしれない。迷いがちで目を閉じてしまいがちな私。命の灯、それは自己を照らし、世界を照らし、未来を見据え、未来を開くために、人生への挑戦を繰り返すために輝きつづけていると思いたい。

「人は倒れたところからしか起き上がれない」

これは理想や道徳や倫理の話ではない。命の現実であると私は捉えている。





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
今日の記事心にしみました。
 落胆と絶望のときを、舵を切り替えて、より深くみつめる人生へのチャンスとしなければなりませんね。 
深山あかね
2012/09/11 23:49
月白の始発電車のおぞましさ  よし
yoshiyoshi
2012/09/12 07:35

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