再生への旅

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zoom RSS お坊さんという生き方

<<   作成日時 : 2012/09/14 04:05   >>

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憤懣のやるかたなくて柘榴割れ 玉宗


得度して初めての修行道場は愛媛県新居浜市の瑞応寺専門僧堂であった。起床から坐禅・勤行・食事・作務・講義・托鉢・入浴・就寝等、四六時中古法に則って仏の生き方を習うというのが禅の姿勢であることを身にしみて知らされることになる。「お坊さん」それは一つの前向きな社会性を持った主体的な生き方である。それは一種のカルチャーショックであった。

瑞応寺は市の郊外にあり、街の喧騒を離れていた。新参者は托鉢以外用がなければ町へ出ることもない。お坊さんになる前にイメージしていた生活ぶりと違うところと言えば、修行が私一人ではなく、「大衆・だいしゅ」と呼ばれる修行仲間・同安居の雲水達との共同生活であったということである。結構賑やかで、人間臭い場所だった。

団体生活ともなると、そこにはプライバシーというものが出家以前に比べると無いに等しい。恣意に過ごせる「私的時間」というものが許されないのである。そのような隠し事より「公なるかたち」が先ず優先した。嫌も応もなかった。坐禅がその最たるものである。足腰が痛くても逃げ出す訳にもいかず、思いはメタンガスのごとく沸々と沸いては消え、妄想の限りを尽くす。

日常に於いても、「わが思い」を優先しては、痛い目にあったりして、そのような愚かさを繰り返しては「逃れるべきは社会ではなく私自身の愚かさである」ということを知らされる。

それでもなんとか辛抱して「かたち」にしがみついてゆく。終いには「思い」そのものも無くなり、或いは「思い」そのものが気にならなくなる。修行、それは「私」というものに「拘らない」生き方、「拘る私を忘れる」生き方を身につける訓練だったのである。自分に拘って、自分に降参し、自分を持て余し、社会を見限ってお坊さんになった人間が、自己を忘れることによって自己を最大限に活かす、そんな非生産的な生き方で社会への再生を目論んでいるのだ。

お坊さんという生き方。それもひとつの文化である。そう気づいたときの、更なるカルチャーショックを忘れられない。


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大本山總持寺祖院御征諱会十四日差定

○早晨  照心端坐
       朝課恒規  御代香  山内役寮

○課罷  御両尊献粥諷経
       焼香師 石川県棟丘寺御住職 在田 全龍 師

○     本山独住第十七世本行玄宗大和尚五十回忌献粥諷経
       焼香師 長野県龍泉寺御住職 應永 孝瑞 師

○午時  二祖国師御征忌献飯諷経
       御親香
  ※太祖大師光伴諷経
  ※二祖国師御征忌献飯諷経
  ※詣塔諷経

○     本山独住第十七世本行玄宗大和尚五十回忌献飯諷経
       導師 祖院参与希翁院東堂 堀 春英 師

○    門前町戦死者病没者・水難死者追悼会
       御親香

○哺時  太祖大師御征忌逮夜献湯諷経
       焼香師 神奈川県修廣寺御住職 菅原 節生 師

  ※高祖大師光伴諷経
  ※太祖大師献湯諷経









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早朝の空より秋は降りてくる  よし
yoshiyoshi
2012/09/14 04:13

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