再生への旅

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zoom RSS 冬の朝

<<   作成日時 : 2012/11/21 04:06   >>

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冬帝の閼伽に仕へし目覚めかな 玉宗


近頃は暮れるのも早いが、夜の明けるのも遅く、勤行を終えてもまだ外が暗い昨今である。
いつも4時には起きるようにしているが、特にお坊さんが朝が早い訳ではない。町内では新聞配達、豆腐屋さんが朝早くから働いている。漁師さんも早い。というか、前の晩に出漁し、早朝に帰港することもあるようだ。夏場などは農家の人たちも夜明け前には起きているだろう。昔は寝坊をすると「お天道様に申し訳ない」と恥じ入る大人が多かった。

冬安居中の僧堂では朝の梵鐘を起床後まもなく毎日撞いているのであるが、興禅寺にもその音が聞こえてくる。弟子の孝宗が上山する前に、何度か一緒に朝の坐禅をした。あの時も坐禅中の祖院の梵鐘が聞こえていた。
「いずれお前もあの鐘を撞くことになるんだよ」と諭したことである。

夏場はまだ朝の涼しさの中で鐘楼であるが、これからは北風の吹き晒すなかでの鐘司のお勤めをしなければならない。鐘の音ひとつにも修行の真偽、深浅が知れるというもの。誤魔化しがきかない世界でなんともなく生きていけるようになってこその仏道である。誰のための精進でもない。自己を知り、忘れ、超越し、再生し、清浄にするためのもの。暑さからも、寒さからも逃げず、まっすぐに真向かい今に決着する。それを成仏とはいうのである。

お坊さんの暮らしは基本的に早起き早寝で、言ってみれば結果的にエコで、合理的な生き方を志向していると思っている。それもこれも仏道の本質から外れた無駄を省かんがためであろう。本末転倒してはならない。早起きのために仏道をしているのではない。寒さに耐えるために仏道をしているのではない。仏道をなさんが為の早起きであり、冬安居なのであり、自己のためなのであるということ。
師匠である私も、実は祖院の鐘の音を聞くたびに弟子の精進に負けないようにせねばと肝に銘じてはいるのである。思えば有難く、勿体ないことではある。


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
大御饌の庭の 紅葉も あまてらし
楽を奏しつ 舞い遊ぶらむ
貧女の一灯
2012/11/21 17:01

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