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zoom RSS 坐禅の徳相「鉄樹抽枝・石樹開花」

<<   作成日時 : 2012/12/01 04:08   >>

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臘八の朝粥に眉濡らしけり 玉宗


僧堂では、お釈迦様の成道を慕い、12月(臘月)1日から8日暁までの接心が行われる。

安居とは在り難いものである。坐禅や作務や勤行や、僧としてのあるべき行住坐臥の日常も、一人では思うようにいかない仏の真似ごとであるが、仲間がいると自律他律の力が知らず知らずのうちに働くものである。そのような年季を重ねて、仏弟子としての自立が果たされるのだろう。道に極まりはないが、自分の足で歩いてゆく覚悟と自信を育てるのが僧堂の使命ではなかろうかと思っている。

祖院の仏殿にある襖には山岡鉄舟居士の揮毫になる次のような言葉が書かれている。

「鉄樹抽枝・石樹開花」

鉄の木が枝を張り、石の木が花を咲かせるというのである。鉄樹・石樹ともに煩悩に輪廻しない坐禅人の様子であろう。坐禅人、禅僧は傍目には感情を没した、木で鼻を括ったような、冷徹な、ぶっきらぼうな存在である。その内実は伽藍堂というに相応しい。それは人情や煩悩にぶれない人間の名誉ある蔑称である。その不動心は、当に、鉄樹、石樹、木人、石女として喩えるに値する。

しかし見過ごしてならないのは、枝を抽んじ、花を開くという自在心、柔軟心の世界へ手を垂れて出て行かなければならないという現実があるということだろう。それは、石の上にも三年、十年、一生をかけて身心に備わる知恵徳相でもあろう。接心というものも僧堂ならではの行持である。腰の抜けるほど坐って自己のお粗末さと共に、こだわるもののない自己の真相に出会って欲しいものだ。

お寺の住職となり、一人での修行の日々の私である。坐禅の出来る仏縁の尊さを身にしみて感じている。



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