再生への旅

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zoom RSS 今日の以心伝心・生涯現役って何?!

<<   作成日時 : 2012/12/27 03:59   >>

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かたはらをゆくたび仰ぐ冬木あり 玉宗

今年も数えるほどとなった。
大掃除、お札作り、門松作り、年末年始の参拝準備等々。昨年は弟子の孝宗がまだ大学生で帰省して手伝っていた。大いに助かったものだったが、今年は僧堂修行の真っ最中。冬安居ということもあり、すでに公休?を使い果たし、師寮寺へ帰省することも憚れる。来年の春先までお暇を戴くこともできないだろう。
寒行托鉢を二人でできるかと淡い希望を抱いていたのだが、それも当分叶いそうもない。彼は彼で初めての僧堂での寒中行事を精一杯こなしていかなければならない。体力・気力が充実していなければ厳しい寒さにへこたれてしまうだろう。

かくいう私であるが、正直なところ年々寒中行事への気負いが色あせつつある。。以前のように寒中へ向かう気構え、張り合いといったものがなくなっている。見方によっては肩肘張らぬ自然体を身につけたということでもあろうか。実際のところ、逃げることもならず、なるようにしかならないのである。当に「行」に引っ張られ、宥めすかされ今に至っているとも言えよう。

「生涯現役」という言葉もよく聞かれる昨今であるが、高齢化社会となり定年後もシルバー力として働くことを期待されている現状も手放しで喜べるものなのかと疑義がないではない。ましてお坊さんは以前から「生涯現役」を実践してきたような社会でもある。ましてまして、弟子もいなければ否応もなしに「現役」で通すしかないといった格差社会でもある。

「生涯現役」を言い張ったとしても実際には加齢による肉体的融通が利かなくなっているのは事実であろう。頭の方だって本人が思っている以上に枯れている虞がないともいえない。廻りの支えや融通があっての生涯現役であるのには違いない。昔は「隠居」という言葉があったようだが、お坊さんの世界でも「東堂」と呼ばれる「隠居」制度が今でもあることはある。早々に住持職を弟子に譲って「東堂」として院政に身を隠したいものではあるが、それも小さなお寺には叶わぬ絵空事ではある。

弟子がいることはいるが、私などはもしかしたら、托鉢の道中に倒れ、事切れるといった生涯現役を送るのかもしれない。それもまた良しとするかと思わないでもない。仏道の歩みの真っ只中で死ぬことが仏弟子の本懐ではあるが、真っ只中のあり様をよくよく点検していかなければ世に憚るような事になりかねない。「生涯現役」にもいろいろあるということである。




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