再生への旅

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zoom RSS 餅つき作務

<<   作成日時 : 2012/12/28 04:57   >>

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餅つきの湯気立つ朝の厨窓 玉宗

私が安居した僧堂では例年28日に餅搗き作務が行われていた。

竈の神様の前で般若心経を一巻あげてから作務ははじまる。安居している雲水さんの中には餅搗きが初体験というのも結構多い。腕力だけでは直に息が上がるものだ。確かにコツがあって、無闇に杵を振り回しても碌な餅に仕上がらない。相方の手返し、水打ちのタイミングと息が合わなければ無駄に疲れるものだ。それでも山内総出の餅搗き作務は楽しい。
僧堂に安居中の孝宗も餅撞きの体験は少ないと思うが、涅槃団子を作る際に、茹でた米粉を餅撞きの要領で撞いたりしている。始めてではないが、左利きのために手返しの調子が狂うことがよくあった。体力的にも技術的にもまだまだ私には及ぶまいとは思うが、まあ、それなりにやっていることであろう。

私は腕力はないと思うのだが、足腰の強さがお坊さんの中では尋常でない方だったのか、搗き役を任されたものだった。今では息が上がってしまうだろうが、三十代になっても十五臼くらいは平気で搗いていたのだから隔世の感がある。
生れが北海道の漁師の倅である。漁師の子としては間に合わなかったが、小さいころから櫓や櫂を漕いでいた私である。知らぬ間に足腰が鍛えられていたのだろう。比較的脆弱な子供だった私が誰にも負けない餅搗き雲水さんになれたのも、親や境遇のお蔭である。そういえば亡くなった相撲の初代若乃花や野球の稲生監督も小さい頃に舟を漕いだことにより基礎体力をつけたというような話を聞いたことがある。昔とった杵柄もばかにはならない。

搗いた餅は鏡餅にして七堂伽藍にお供えする。勿論、食用としても飯台に載せられる。石川県の雑煮は丸餅であるが、地方によって違うらしい。又、僧堂では三が日を過ぎて各自の師匠に送る「寿餅」としても使われる。授業師、参学師、本師、それぞれの法身堅固、法臘延長などを祈り、三が日の間御経を挙げ回向したお餅を送るのである。そのお餅を「寿餅」と呼び、生涯に亘って送るのが弟子の孝順心として伝えられている。私はまだ「寿餅」を貰ったことがない。孝宗が送ってくれるかどうか、楽しみにしているのだが・・・。
正月も7日を過ぎると、餅を搗き直して「かきもち」にする。保存食として作務の合い間の「おやつ」になるのである。

ところで、お餅は大好きな私であるが、若いころのように餅は別腹と無茶喰い出来なくなったのがなんとも淋しい。友達をひとり失ったような思いで餅を眺めていることが多くなった。


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「歳末雑詠」

着膨れていささか恃むところあり

マスクして人とは違ふ音を聞く

息白くほとけゐたまふ伽藍堂

母の咳母のものとも思はれず

くしやみして五体が崩れさうになり

夜を隔つ壁一枚や水つ洟

湯冷めして不信募らせゐたりけり

ため息の正体もまた白かりき

泣く子には勝てぬ氷柱を太らせよ

亡国の風に干されし大根とも

旅人に波の花よとよろこばれ

もてなしは波の花でもよろしいか

餅食うてをれば平和な父であり

ここにきて片手に余る日を数へ

湯豆腐やうはさ話も佳境なる







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内 容 ニックネーム/日時
私が高校生だった頃まで、28日には早朝よりあちこちから餅を搗く音が聞こえたものでした。よく友達の家の餅搗きを手伝い、搗きあがったばかりの餅に大根おろしや納豆などをまぶし、美味しくいただいたものでした。今でも餅は大好きです。何故家には臼や杵がなかったのだろう。

2012/12/29 15:46

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