再生への旅

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zoom RSS 修行僧は数が多ければいいのか?!

<<   作成日時 : 2012/12/03 04:16   >>

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頭陀袋やつれて月も極まりぬ 玉宗

地元の北國新聞社会面に「雲水わずか3人」という大見出しで金沢大乗寺専門僧堂に関する記事が載っていた。

先日の開山忌に随喜した折りに修行僧が四人であるとは聞いていた。その後一人が送行したらしい。広い境内の清掃が行き届かなくなり、地元門前の信者さんたちがご奉仕で掃除をしてくださっているという。これから年末年始へ向かう折りである。清掃ご奉仕は有難いことである。大乗寺の場合、年間の三仏忌を含めた大法要には市内の教区寺院が随喜するという慣例が以前からある。お寺の行持を勤めるのに支障は少ないのかもしれないが、雲水の安居修行という本来のあり方から云えば、ある程度の同胞、同志の存在が欠かせない。

特に、初心の弁道では一人でいることを慎まなければならないにというのが実際である。自律と共に他律が仏道の歩みを運ばせると云った事実がある。多すぎても少なすぎても具合が悪い。「修行の厳しさ」というものは「数の多少」から生ずる「厳しさ」とは峻別してほしいという思いが私にはある。百人、二百人、何十人もいる僧堂では「集団であることによる問題」が発生するものだ。個々の事情に対応していては収拾がつかなくなる虞がある。一方、十人足らずの僧堂で大本山と同様の集団体制ではその良くも悪くも家族的な和合を維持していけなくなるのは目に見えている。そのようなことと仏道に於ける自己本来の厳しさとは区別して置きたい。

祖師方は会下の者に独善たる一人での修行を戒め、且つ、犀の角のように一人で歩むことの一大事を諭しておられる。数量で割り切れないというのはそういう道の通塞があるからだ。

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曹洞宗では日本全国に現在両大本山の他に、25の地方僧堂がある。海外にも禅センターが設けられている。地方の時代と云われている一般社会であるが、僧堂の数が地方の実際に見合ったものなのかどうか私には分からない。地方の需要に見合っていないのではなかという指摘もあるのだろうが、自然淘汰されていくのだろうとも思うし、企業の存没がひとえにトップの力量によると同様の事情もあろう。

五人安居者がいれば僧堂の体裁が保てると云われる。私が大乗寺に安居していた昭和五十年代でも十人前後を推移していた筈である。所謂、地方僧堂の現状も少子化社会の潮流の中に流されている観がある。一方で両大本山である永平寺、總持寺には相変わらずケタ違いの安居者が毎年上山してくるらしい。不景気になると安定した大企業志向へ傾斜する心理とリンクしていないかと危ぶまないわけでもない。然し、恐らくこれは私の杞憂なのであろう。

永平寺も嘗ては存亡の危機に遭ったこともあるが、今では天下の大叢林である。
僧堂は大小、地方本山に関わらずその面目は「仏弟子養成機関」である。平たく言えば「人をつくる場」である。数や量の多少が全てを成し得る世界でもなかろう。畢竟、「人がいるか、いないか」ということである。両大本山に指導者たるに値する宗師家が揃っていることは否めない現実なのであろう。なればこその大本山でもある。

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若い雲水が本山を志向するのも故のあることだ。
それにしても、本山、地方僧堂どちらにしても、本物がいるかいないか。本物を求める志意気があるかないか。継ぐべき法があるかないか。法を継ぐべき器があるかないか。それだけが本筋の問題であるのだと私は思っている。
住職である東老師はこの現状に「なにも心配していない。不安はない」というコメントしている。不満十衆なりとも天下の叢林」という自恃がおありのようである。お釈迦さまという一人の存在が全てであった仏道の淵源。その流れに棹さすものは誰か、その流れを汲むものは誰か。地方であるとかないとか、そんなことを言っている場合ではない。一人でもいい、本物を世に送り出そうという仄々たる気概が感じられる。

それにしても、私ごとき外部者がとやかく言う筋合いのものでもないが、大乗寺OBとしては気になるところではある。少ない雲水さん達でこの臘八摂心を勤めているのだろう。枯れ木も山の賑わいではないが、時間を見て摂心に随喜させて貰おうかとも思っている私である。

頑張れ!大乗寺の雲水さん!




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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
 月一の坐禅会に伺っているお寺さんにはさまざまの経歴の雲水さんがいらっしゃいます。元船員さん、元郵便局員さんとか。とうぜんお年もそれなりですので、お経を覚えるのに苦労しているようです。そんな雲水さんにお会いできるのも楽しみなのです。10人くらいはおられるようです。
くろちゃん
2012/12/03 08:37

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