再生への旅

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zoom RSS 雪安居・今が誕生、今が臨終

<<   作成日時 : 2013/01/31 05:01   >>

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寒卵教外別伝の宗旨あり 玉宗

一月も今日が晦日である。寒行托鉢も節分まで。この三日間は総仕上げということで、念入りに歩くことである。来年も又元気で歩けるという保証はない。これが今年最後の寒行と思えば、なにかしら寂しいものもある。大袈裟かもしれないが、末期の眼といったものが人生を生きる上で如何に大事であるかといった感慨さへ湧いてくるのである。

坐禅と同様に、作務も托鉢も、生きることすべてが、いつもこれっきり。あり潰れ。それはやりたい放題の無責任な生き方をしろというのではない。いのちの戴き方を言っている。生きて行く上で、身心に引受けて行かなければならないものと、抛り出していかなければならないものがあろう。それでなくとも人生の山河を歩くのに荷物は少ない方が良いに決まっている。身も心も軽く、無理なく、自然に、いのち戴いて、尽くして、施していきたい。その要諦を「今日が誕生。今日が臨終。」といった言葉が語っているのである。

生れたということは死への助走が始まった事でもある。若いころに出会った亀井勝一郎という評論家の文章で「人生は死に方を学ぶことに他ならい」みたいなことを述べていたのが未だに忘れられないでいる。生き方は日々の執着を捨てるという意味の死に方に他ならない。それは武士道に限った事ではなく、凡そ、「道」と呼ばれるものに共通する心術ではなかろうか。仏道も又その例外ではない。というより、いのち生きる道を探り実践する、その道の典型である。仏弟子の存在意義、矜持がその辺になくていったい那辺にあるというのか私には分からない。

御粗末ながらも、そのような仏の道を歩きたいとは念じて生きている。今が誕生、今が臨終。それが仏の方を向いて生きているということだ。今日の一歩もその歩みに他ならない。


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「雪安居20句」

空よりも寡黙に生きて雪安居

禅堂の一灯暗き夜の雪

天上のしづけさ雪の永平寺

降り頻る雪に鎮もる安居かな

翔つ鳥の羽根の強さよ冬安居

雪安居雪降る音に目覚めつゝ

積もりたる雪に雨降る大伽藍

星の位に星の定まり冬安居

雪安居夜は軋み鳴くあすなろう

目覚めたる眉濡れてゐる寒さかな

裏山に響く版木や冬安居

吹雪より戻りて湯気を立てゝをり

渓川に沈む朝靄冬安居

悴めるために出家をしたやうな

遠ざかる星の煌めく氷柱かな

雪安居夢を燠とし眠るなり

うすらひや寡黙に人の行き違ふ

ポケットの中は暗黒霜柱

冬鳥の脛の細さや鋼色

冬安居森にもとどく海の音

堆き灰に雪降る安居かな










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