再生への旅

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zoom RSS 今日の教外別伝・寒風に育つあられちゃん?!

<<   作成日時 : 2013/02/02 04:19   >>

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悴めるために出家をしたやうな 玉宗

昨日はお天気もよくあたたかな一日であった。
托鉢も合羽を掛けずに歩いたことである。明日は節分である。お寺では献餅を搗き直して、かき餅やあられにする。寒風に当てて乾燥させるのであるが、外気に晒すことが出来るのは本堂の窓際が最適のようだ。出来上がったかき餅はお寺の客人への茶菓子として供する。あられは涅槃会に合わせて地元の保育園児に贈ることにしている。夫人も子供の笑顔が楽しみのようで多少手間が掛るが、手作りのおやつにさせていただいている。まあ、私の食べ切れなかったお餅の行く末なのではあるが・・・。
大根や鱈や鮭などもそうだが、冬の寒風に当てて干し上げ保存食となる。先人の知恵に開いた口が塞がらない。否、敬服すると云うべきか。

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寒風に晒すと云えば、お坊さんも又、寒風で干されているようなところがありはしないかと勘繰ったりする。坐禅という寒風がある。安居という寒風がある。出家という寒風がある。仏道という寒風がある。接心という寒風がある。自己という寒風がある。他己という寒風がある。歳月という寒風がある。眼横鼻直という寒風がある。露堂々という寒風がある。威儀即仏法という寒風がある。生死去来という寒風がある。諸行無常という寒風がある。いずれも自己の本来の面目、つまりなんともない世界の様子である。

「風性常住」をわがものとし、そのような世界を出入りするまでどれほどの精進を要するか、思えば出家の月日も深々微妙にして不思議なものである。寒風をわがものとした、味わいのあるお坊さんになりたいものだ。


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「蝋梅」

蝋梅のひらかむとして匂ひ立ち

蝋梅のはなびら透けて重なりぬ

うすらひや心もとなき旅の朝

焼跡の如くに蓮の枯れにけり

前の世は鮃であるのかもしれず

滄浪の滝音絶えて凍てにけり

凍滝の蒼ざめゐたる夜なりけり

滝といふ気負ひもろとも凍てにけり

凍滝の峡を照らして月めぐる

凍滝の舌垂れてゐる汀かな





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時ならぬ 南風や賜物 歳神の
ついな鬼らも 融け綻ぶらむ

貧女の一灯
2013/02/02 14:18

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