再生への旅

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<<   作成日時 : 2013/02/19 04:51   >>

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今日雨水耳あたらしくなりにけり 玉宗

昨日2月18日は時候でいえば二十四節気の一つ「雨水」であった。
陰暦正月の中で、『滑稽雑談』に「これ正月の中、立春より後十五日頃なり」とある。陽暦でいえば、2月18、19日になる。雪が雨に変わり、雪や氷が解けて水となる、といった意味から「雨水」と呼ばれた。

冬の間は音もなく降る雪があたりまえであったが、春になって雨音が今更のように新鮮に感じられるものである。早春の雨はまだ肌寒いものがあるが、屋根を打つ雨音にも春の到来を実感させるに十分だ。能登の実際のところは立春、雨水の頃も雪が降りやすい。北陸特有の重く、湿っぽい春の雪。週間天気をみても当分雪マークが続いている。それでも降った雪が根雪になることはなく、直に消えてしまうのが春雪らしいところ。雪間やはだれ野を見ても、地や木々の芯が紛れもなく温まっていることを実感する。「雨水」の頃の潤いといったものがある。

一般的にはこの頃から農耕の準備にも力が入るという。
これからの季節、僧堂では雲水さん達の出入りが始まる。希望や夢、或いは不安や理想を抱きながら山を上り、山を下るのである。一般的にもいよいよ旅立ちの季節が始まる時季でもある。仏弟子として新しい一歩、それは新しい自己との出会いでもある。臆することなく、慢心することなく、山登りのように、一歩一歩を大事に精進する。いつとも知れず、その道程には思いもしなかった天地が展開していることであろう。

五里霧中ながらも前を向いて歩いていた雲水の頃が懐かしい。青春は取り戻せない。取り戻せないと分かっているからこそ、尚更に過ぎた光陰は美しい。それはまるで、いのちの灯が後ろの闇を照らしだすかのように揺らめくのに似ている。その闇は私といういのちの灯を未来の闇へ押し出すかの様でもある。
わがいのちの照らし出す世界。それは知れたものであるかもしれない。そうではあるが闇をも含めてがわがいのちの深さであり、豊かさなのでああり、潤いなのである。それを何度でも肝に銘じて生きていたい。死んでいきたい。


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「雨水」

春の夢己が鼾に覚めにけり

恋の猫尻を舐めては出直しぬ

起き抜けの貌にほどよき雪解風

けふ雨水なまけごころの兆しあり

犬鳥の姿に似せて涅槃団子

栂の木の幹濡れてゐる涅槃かな

草萌ゆる躓き易きわたくしに

元気よく返事ができて春の雲

せせらぎと光りを競ひ猫柳

のんのんと光りを呑んで雪解音

今日雨水顔を洗つて出直せと




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内 容 ニックネーム/日時
同じ日本でありながら、太平洋側と日本海側との気候の違いに改めて驚かされますし、不惑の歳から2年間を過ごした新潟・上越市を懐かしく思います。炎暑と豪雪の中に学んだあの志は持続してるや否やと。

2013/02/20 18:54

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