再生への旅

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zoom RSS 今日の言いたい放題・売れる俳句、売れない俳句

<<   作成日時 : 2013/03/19 04:07   >>

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寄する波引く波春の来てをりぬ 玉宗

蓼喰う虫も好き好き、と云ってしまえばそれまでであるが、世にお金を出してまで買って読んでみたいといった句集はそうあるものではない。それはどの文学ジャンルに於いても同様な出会いの困難さであるのだろう。
それにしても句集は高過ぎはしないか。字数から云っても割高であるの感は拭いきれない。俳句は余白を味わうものだといった理屈も解らないではないが、句集に編むのであったらもう少し字数を多くしてはどうだろう。普通、一ページに二句というのが相場であるが、20句でもよかろう。200ページの体裁でも4000句である。
或いは、一冊の単価を1万円程度というべらぼうなものにカルテルするとか。又は一句集に納める俳句は10句までとか。

一般的な句集では300から400句前後であろう。一冊作るのに百万円は軽くクリアーするのが現状である。私は第二句集まで自費出版しているが、第一句集『雪安居』は800冊作り、賞なんか戴いたこともあり結果的に赤字にはならなかった。意気込んで出した渾身の第二句集は賞にかすりもせず、惨敗である。有難いことに買ってくださった方もあって、目を覆いたくなるといった赤字にならずには済んだが、爾来、夫人には中々第三句集出版の話を持ち出せずにいる。

それは余談として、一冊4000句以上、単価1万円500冊で500万円となれば必然的に一生の間にそう何回も出せないということになろう。生涯一句集というのありかもしれない。もっと過激に、生前に句集を出してはいけない、というのはどうだろう。彼のビンセント・バン・ゴッホの絵が死後に売れだしたことはよく知られたことである。生前に売れる作品というのも胡散臭いし、まして、句集などは買うものではなく、仲間内であげたり貰ったりするものだといったあり様である。これはもうほとんど仁義の世界に等しい。文芸とはついに手慰みの域を出ないものの如くである。

また、世に句集や句碑が氾濫していると顰蹙を買い出して久しいものがある。資源保護の為にも俳句界は一考を要する事案として検討してもいいのではないか。まあ、出版業界や石材店からの反発も大いに予想されるのではあるが。要するに、業界からの推薦、サービス、情報提供、安価なカスタマイズ、などといった営業努力で句集出版の盛況を呈している現実があろう。

先に、優れた俳句のマッスがあって句集に漕ぎつけるのではないのである。まして況や、「世に問う」とか「俳句の新境地を開く」とか「俳句の本道」などといったコピーを付したオコガマシイ句集などそうざらにあるわけがない。世の中、「過程の新鮮さ」が注目される時代である。それこそが現代俳句の現代俳句たる所以であるか。どこか騒々しく、遣り切れない思いがあるのも正直なところである。

こころある出版業者は自ら汗を掻いて作家を発掘するべきである。自費出版などといったケチなことを言わず、身銭を切って句集を出してあげればいい。(市堀玉宗を暗に売り込んでいるようではあるが・・・、まあ、いずれにしても、売れない俳人の妄想ですが・・)

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「お彼岸」

中日や湯ぶねにふぐりゆらゆらと

お彼岸の日差しを僧にもてなしぬ

囀りやそろそろ土に還るころ

家出せし子を追ひかけてつくしんぼ

母を焼き父を埋めて耕しぬ

駈落ちの陽炎となり燃えてをり

風光る空は大きな笛であり

遍路宿妙に生々しき月が

いぬふぐり大事なことをさり気なく

おしつこが菜の花明りしてをりぬ

驢馬の耳覗けばな春の闇ありぬ

春風に囃されてゐる驢馬の耳

たんぽぽや赤子を空へ押し出しぬ

春北風や日の丸弁当偏りて




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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
弄玉の仙や 簫吹く はんなりと
潔いかな さくらさく宵
貧女の一灯
2013/03/19 04:18

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