再生への旅

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zoom RSS 猫のように生きる?

<<   作成日時 : 2013/03/23 05:11   >>

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春星の火を獲りにゆく旅人かな 玉宗

所用があって久しぶりに越前市の御誕生寺へ行って来た。
今年八十六歳になろうとしておられる板橋禅師樣のお元気な御顔を拝顔できた嬉しさと、安堵感。そんな気分の中でお話しに花を咲かせてひとときを過ごして帰った。

帰り際に最新刊の御著書 「猫のように生きる」を頂戴した。思わず減らず口を利いて、「猫のように生きる?ですか・・・猫として生きるではないんですか?!」と言ったら、いつものように屈託なくお笑いになっていた。

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それにしても天下の宗師家とはいえ、「猫のように生きる」とは如何にも危ないタイトルではある。案の定、禅師様もその辺を察してか、本の帯文は次のようなものであった。

「誤解を恐れずに言うとこれが生きる極意です」
「ことば」より「からだ」が、じかにわかっている生き方です。観念の世界よりも「からだ」の感性に重きをおいて生きることです。
私たちの坐禅や読経などの修行のねらいも、「からだが、じかにわかっている」、その実感を確実にすることにあると思います。


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宗教とは自然(じねん)であること、と言って憚らない禅僧・板橋興宗禅師。自他を解脱し、仏法と言う枠組みさえも超越している人間の言葉はかろやかで、やわらかく、解りやすく、そして深く、豊かである。人間を生き切る、人生を生き切る智慧に溢れている。お会いする度にそのようなことをいつも感じている。いつまでも息災で、後から来る者の人生の道標となって戴きたいと切に思う。合掌。

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「春星」

星おぼろ言葉足らずを悔やみけり

手にのせて土の冷えある初蛙

潮満ちて石蓴の森のゆらめきぬ

蕗の薹くらいは摘んで来いといふ

かたかごの花そばだてゝ狐雨

けもの道迷うて森の二輪草

禅堂の静寂を破り雉の声

娘とは鳥の巣ほどの隔たりが

時間まで猿の交るを見て過ごし

どうしたらよいのか蛇も穴を出て




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内 容 ニックネーム/日時
阿と覚めし 乾闥婆城の頂きで
吽と綻ぶ さくら花かな


貧女の一灯
2013/03/23 08:08

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