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zoom RSS 今日の教外別伝「見方を変えれば変わるもの・・・?!」

<<   作成日時 : 2013/03/26 04:07   >>

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いたどりやふるさと恋し且つ憎し 玉宗

上掲の写真の出展は『環日本海諸国図』/富山中心正距方位図 富山県が作成した地図を転載したものである。(平6総使第76号)といったもので、御誕生寺が複製の許可を得て信者へ配布されたものである。私の手元にもお年賀として送って戴いた。地図の上辺には板橋禅師さまの言葉が直筆で書かれている。曰く、

「見方が変われば 考え方が変わる」

今では余り聞かれなくなったようだが、「裏日本・表日本」といった言葉がある。所謂、日本海側と太平洋側を差しての表現であるが、思えば如何にも環太平洋的視座の言葉ではある。地球儀は北極海が上になっている自転の形に倣っているのだろう。東西南北もまたそのような位置付けで決められている。言ってみればそれは客観的事実として認知してほしいという自然科学の枠組みを受容しているということになろう。

ところで、今、ここに、生きている私にとって、そのような客観的事実といったものは無きに等しい。無いと云うのではなく、あってないようなものといって差支えないいのちの領域があるということだ。私が今ここに生きている事実として、日本地図の上下左右がどうなっているのかといった「見方」は拘る限りにおいて大したことではない。然し、一旦拘りだしたら、「見方」が「考え方」に大いに影響しだすといった現実がある。「考え方」だけで止まらない。それはおそらく「生き方」として私を人生へ押し出すであろう。

思いが思いだけで止まらない、欲望が欲望だけで止まらない、良くも悪くも、知るも知らぬも、そのような抜き難いいのちの力学がある。

日本が地球で上を向いていようが下を向いていようが、裏であろうが表であろうがどうでもいいといった見方がある。一方に、政治や経済や軍事の都合に応えるものの見方といったものがあるのを否定はしない。上掲の地図を見ていれば、日本がアジアを向いている国であると強調したくもなる。東京などは最果て、辺境の地である。文明の歴史は国同士の付き合い方にも大いに影響を与えて今に在る。アジアの影響や恩恵を受けてきた日本が、現代では、近隣の付き合い以上に遠くの友人への配慮を優先している。

政治家は風見鶏でなければならないというのも一面の真理ではある。

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ところで、大本山總持寺は嘗て「裏日本」の能登の地にあった。明治の文明開化、世界布教への拠点として世界へ開かれた太平洋側の地へ移転しようという先進的な宗門の趨勢に押された歴史がある。あれは總持寺の家風や面目を考慮した政治的決断であった。仏道的決着ではなかろう。

因みに、大本山永平寺は今でも「裏日本」の、それも山奥にあって宗門の原石の輝きを今に伝えている。これはどうしたことか。「見方」を変えなかったのか?そうとも言える。「仏道的見方」を変えなかったからこそ今の永平寺があるとも言える。私はそう思っている。

「見方を変えれば考え方も変わる」

仏法に於いてこれは真実である。ところでそれは政治の話しではない。どこまでも仏法の次元で強調されなければなかろう。そうであってほしい。いのちの戴き方、施し方の話である。煩悩を全うに生きる力に変えること。煩悩的見方を変えて、仏道的見方、考え方、生き方とすること。それこそが仏道の真骨頂であり、面目であり、自己の一大事なのであり、仏弟子の社会的存在意義でもあろうかと思っている。

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「花見」

堕落せし貌して花見より戻る

花見より戻りし妻がふにやふにやに

大根の花咲き母を疑はず

湯に浸かる如く花見の客となる

鶯やよもやま話してをれば

囀りや便所掃除が好きな妻

靴箱に靴犇めいてあたたかし

月並みの句をまた吐くか鳥雲に

殻を出し寄居虫慌てふためいて

かたくりの花うらがへり翔び発ちぬ



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